研究課題/領域番号 |
17K18475
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所 |
研究代表者 |
江村 知子 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所, 文化財情報資料部, 文化財アーカイブズ研究室長 (20350382)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 日本絵画 / 屏風 / 和紙 / 美術史 |
研究実績の概要 |
本研究では日本の屏風絵について、従来の研究では着目されることが殆どなかった、「紙の規格」という観点からその表現・技法についての考察を行う。国内外の中・近世屏風絵作品約500点についての本紙の情報を含むデータベースを作成し、従来の美術史研究の手法では踏み込めなかった問題や包括的研究における新機軸を打ち出すことを目的とする。絵に何が、どのように描かれているかはもちろん重要なテーマであるが、どのような本紙の上に描かれているのか、という着眼点は従来の研究では看過されることが多かった。しかしながら、本紙はその作品の真正性、制作当初の姿を伝える可能性の高い重要な基底材料と言える。長い時間を経過した古美術作品の、現在見えている表面には、修理や保存のため、また作品鑑賞上の改変等によって、制作当初からのちの時代に載せられたものが少なからず存在している。制作されてから全く何も手を加えられることがなく現存している古美術作品は存在しない、と言っても過言ではない。さらに本研究では屏風の用紙の大きさと紙継ぎの方法、紙の材料(雁皮・竹・楮など)、また可能な範囲で、修理の際に得られる情報などを収集する。素材としての情報を蓄積・整理・分析した上で、狩野派・土佐派・琳派などの流派による屏風絵作品を横断的に、紙の規格という観点から概観し、絵画としての表現と技法についての問題を考察する。 本年度は国立博物館等、昨年度までに収集したデータの取りまとめと、今後の成果公開を円滑に進めるためのシステム構築を行った。さらに研究遂行上、必要な作品について実見調査を行うとともに、作品所蔵館の学芸員に作品情報の管理についての聞き取り調査を行なった。本年度は神奈川県立歴史博物館、大英博物館(イギリス)、シアトル美術館・ハーバード大学美術館(アメリカ)などで約50件の屏風絵作品調査を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り、既存の調査研究によって蓄積された情報を活用しながら、データの収集整理が順調に進んでいる。2年目にあたる本年度は、昨年度までに実施した調査成果をふまえて、より広範な画題・時代・流派の屏風絵作例をデータとして盛り込むように留意しながら調査を進めた。これまでの調査によって、画題、時代、流派によって、本紙に用いられている用紙にある一定の傾向が認められることが明らかになった。例えば縦が5尺、150cm程度の六曲一双屏風であれば、屏風の一扇(1パネル)の横幅(約50~60cm)に間に合う紙を縦に5段、六曲一双全体で60枚の紙が使用されていることが江戸時代の屏風の一典型と言える。屏風のための紙がある程度規格化されて大量生産され、通常の屏風絵制作にはこの規格の料紙が使われることが多かった、と理解することができる。一方、同様の五尺屏風でも、一扇を縦3段に張り込んでいる作例は、水墨を主体とした山水画や中国の故事人物画など、中国に源泉をもつ画題に多く認められることが明らかになった。桃山時代に毛利家のお抱え絵師として多数の山水図屏風を遺した雲谷等顔の作品は大半が3段継の屏風となっている。雲谷派の研究者や作品所蔵館の協力も得て、具体的な事例収集を効率よく進めることができた。最終年に向けてさらに比較検討や総合的な分析する準備を行うことができた。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに行った実見調査によって得られた計測データをデータベースに統合する。さらに最終年度に行う調査によって有効な比較参照データを追加し、より実証的かつ具体的な分析を行うための基盤整備を行う。今後の研究では、実見調査を継続して進めると同時に、狩野派・雲谷派・土佐派・琳派などの流派による屏風絵作品を横断的に、紙の規格という観点から概観し、絵画としての表現と技法についての問題を考察する。また屏風絵はただ描いた絵をジグザグに折りたたんで移動可能な絵画空間を作る、という現在の美術館などでの展示状況にあるような利用だけでなく、様々な形態で鑑賞されてきた。政治や宗教の公式行事・儀礼などに用いられるものや、ごく私的な空間で使われるものなど、屏風はその用途が明確に分かれていた。そのような受容側の目的に沿って、大きさ・形状・画題・材料が選択され、適切な技法と表現によって制作されてきたと見てよいであろう。しかし時代の経過や所有者の変更などにより、絵画の鑑賞形態は著しく変わっている。屏風が制作された当初は、ガラスケースの中に入れ、屏風よりも低い位置から、立った姿勢の人間が仰視することは、物理的に想定されていなかったのである。数多くの屏風絵作品を実見調査する過程において、こうした鑑賞形態の変化も考慮する必要があると考えるに至った。作品の実際の状態を詳細に観察しながら、歴史的研究の中にそれらを位置づけ、屏風という日本の絵画形式の理解促進につなげていく。屏風はその装飾性や利便性から、様々な事由によって海外に渡った作品も少なくない。本研究によって得られる国内・海外のネットワークも積極的に利用しながら、今後の発展性を広げていく予定である。
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