文字・表記研究の根幹にかかわる、個の問題の解決へ向け、今川了俊自筆本『厳島詣記』(書記資料)と自筆書写本『源氏物語』(書写資料)との比較調査を行った。その結果、これらの資料の用字傾向は完全には一致しないことが確認された。書記資料にのみ見られる仮名字体は筆者の個性の表出、書写資料にのみ見られるそれは親本表記の影響によるものと推測される。また、了俊は冷泉派歌学を体系づけ、著書『言塵集』に藤原定家著『下官集』所載の「定家仮名遣」の実例を示す箇所を引用している。したがって、了俊は定家仮名遣を遵守する意識が高いように推察されるが『厳島詣記』の仮名遣実態においては表記規範意識の連続性が認められなかった。
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