研究課題/領域番号 |
17K18561
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
原 千秋 京都大学, 経済研究所, 教授 (90314468)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 協力ゲーム / 不確実性 |
研究実績の概要 |
本研究課題の目的は,不確実性下の動学的協力ゲームの理論を構築することにある.協力ゲームはこれまで静学的な枠組で発展してきたが,動学的な枠組においては,期初(分析の時間軸の最初の時点)の意思決定にコミットすることが可能でなければ,静学的枠組で提案された解概念を適用することはできない.このようなコミットメントは現実では往々にして不可能なので,不確実性下の動学的協力ゲームの理論を構築するに,コミットメントが不可能な状況で,これまで静学的な枠組で提案された解概念が妥当であるかを検証し,その問題点を明らかにする必要がある.平成29(2017)年度は本研究課題の初年度なので,この点に注力した.特に,本研究課題が目指す一般的な定式化はまだ行わず,その代わり,これまでの研究代表者の研究実績を踏まえ,年金制度の最適設計問題を,ナッシュ交渉解を援用することで考察した.年金制度の顕著な特徴は,主観的時間割引率(将来享受できる効用は,現在享受できる効用に比べてどれほど低く評価されるかを表す割合)に加入者間で異なっていても,同一の保険料額が課すことが義務付けられていることである.また,年金組合から脱退したときに一時金を受け取ることができるので,その一時金の額がナッシュ均衡解の交渉決裂点(disagreement point)を定める.それゆえナッシュ交渉解を年金制度設計に援用することはごく自然と言える.そこで,いかなる時点においても交渉決裂点に達しないことを要請し,しかしながら以前に設計された制度にはコミットできないと仮定して,逐次的にナッシュ均衡解が選択されることで達成されるリスク配分が持つ特徴を分析した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
年金制度とは,異時点間の(定年前から定年後への)購買力の移転のために設けられた制度であるが,その有用性や最適性は,それに関連する不確実性に大きく依存する.年金制度を取り巻く不確実性には,その資産運用の成否を左右する金利の変動など,いわゆるマクロ経済変数などがまず挙げられるが,これらは全ての経済主体が負うべきリスク(systematic riskと呼ばれる)なので,リスク分担の観点からは興味深い分析対象とは言い難い.そこで,平成29(2017)年度は,世帯主(所得を稼得する者)の死亡という,個人的なリスク(idiosyncratic riskと呼ばれる)に分析を集中し,生命保険がもたらすリスク分担と,年金制度がもたらす購買力の異時点間の移転の相互依存関係を探った.特に,生命保険制度の存在が,年金制度に加入する誘引(インセンティブ,incentive)にいかなる影響を与えるかを分析した.この影響を決めるのは,家計のリスク回避度と異時点間の代替の弾力性(intertemporal elasticity of substitution)である.しかし,マクロ経済学などで標準的に使われる,時間に関して加法的な効用関数では,リスク回避度と代替の弾力性はお互いの逆数なので,それぞれが年金制度への加入の誘引にもたらす効果を独立に分析することはできない,そこで,Kreps and PorteusやEpstein and Zinによって提案された再帰的効用(recursive utility)を採り入れて,世帯の年金組合や生命保険加入の意思決定の定式化や最適解の特徴づけ,最適な年金制度が満たすべき特性を考察した.
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今後の研究の推進方策 |
年金制度設計の問題を通じて,本研究の課題が浮かび上がってきた.それは,年金組合からの脱退といった意思決定を,離散時間(意思決定を行うタイミングが時間軸上で連続的ではなく,予め定められた時点に離散している状況)の枠組で分析するのは困難だということである.一般に,動学的枠組においては,連続時間(時間軸上のいかなる時点においても,意思決定が可能な状況)よりも離散時間を仮定する方が分析が簡単な場合が多いが,年金組合からの脱退といった停止時刻(stopping time)の最適性を特徴づけるには,連続時間を想定する方が都合が良い.これは,停止時刻を伴う意思決定においては,離散時間の枠組では最適性条件が不等号を用いて記述されるのに対し,連続時間の枠組で,より取り扱いやすい等号を用いて記述されるからである.また,世帯主の死亡といった事象を,いわゆるハザード比で定式化することも可能ではあるが,停止時刻の方が,マクロ変数の変動をを通じて,異なる家計の世帯主の死亡が相関する場合なども取り扱うことができる.ファイナンスの領域で,資産価格の理論は連続時間の枠組で展開されることが多いことを鑑みると,動学的協力ゲームも,連続時間の枠組で発展させるのが望ましいと思われる.特に,不確実性下においては,確率解析(stochastic calculus)の分析手法を活用することで,動学的協力ゲームの大きな進展が見込める.平成30(2018)年度以降は,連続時間の分析上の優位性に留意しつつ研究を進める方針である.
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じたのは,研究代表者が所属する京都大学経済研究所から,研究計画を立案した際には予想できなかった研究助成金が複数支給されたからである.そのひとつは,研究補助者への謝金援助である.また,所外の研究者と遂行するプロジェクト研究についても,本課題の研究代表者が所内研究者として参加する課題が2件採択された.これらは不確実性に関するミクロ経済学とファイナンスに関するもので,本研究課題と研究テーマが重複し,なおかつ支給期間が1年間に限られていたので,本研究課題より優先して予算を支出した.平成30(2018)年度には,研究補助者への謝金と,研究会開催のための支出を増やす予定である.研究補助者については,増員を決め,京都大学大学院経済学研究科博士後期課程に所属する院生3名をすでに確保した.また,毎週1回のペースでミクロ経済学とゲーム理論やファイナンスに関する研究会を開催し,その講演者の旅費・滞在費および謝金に本研究課題の予算を充てる予定である.
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