スティグマを持つ者が他者からそういう者でないと見なされることを、「パッシング」という。パッシングがどのような条件の下で可能になるのかを明らかにすることで、スティグマを持つ人々が置かれている状況の理解をめざした。 パッシングが成功する条件を探るために、ゲーム理論における近年の展開を踏まえ、スティグマを持つ者と見知らぬ他者との相互行為を不完備情報ゲームとして定式化することを試みた。完全ベイズ均衡概念を用いた考察により、パッシングが成功する状況は混成均衡として表され、その際にはスティグマを持たないタイプの行為者がとる戦略が重要であることが示唆された。この結果をシグナリング・ゲームにおける「なりすまし」の議論と比較することで、パッシングとシグナリングの共通点と相違点を考察した。また、見知らぬ他者との相互行為におけるパッシングと、自分のことを知る他者を相手にした「カバリング」との関係についても検討した。 さらに、精神疾患、ハンセン病、HIV/AIDS、LGBT等に関する事例を収集し、ゲーム理論的考察の妥当性について検討した。その際、これらの「スティグマ」に関する論文や手記・ルポルタージュ・統計資料などをレビューするとともに、医療・看護・福祉・社会運動等を研究対象とする社会学者・心理学者などから口頭や電子メール等により助言を受けた。特に、良心的支持者と呼ばれるタイプの他者の存在とその役割に関する先行研究の知見との密接な関係が示唆された。
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