研究課題/領域番号 |
17K18653
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
元兼 正浩 九州大学, 人間環境学研究院, 教授 (10263998)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | 学校の危機管理 / クラシスマネジメント / リスクマネジメント / 通学路 / 学校再開 / アーカイブ化 |
研究実績の概要 |
本年度の研究実績として以下の3つをあげる。 まず、調査データの収集にあたって、熊本市教育委員会からの協力を得て、市内で最も被害が大きかった東区に所在する4つの小中学校に訪問し、ヒアリング調査を実施するとともに、震災当時の状況が書かれているメモや日誌などの1次資料を収集することができた。ヒアリング調査の具体的な内容としては、各学校の特徴を把握したうえで、地震発生時の初期対応から避難所運営、学校再開までの時間軸に沿って管理職へのインタビューを行い、危機発生時にどのような初期対応を行っていたのか、また避難所運営において外部との連携を含め、いかなる組織体制を図っていたのか等の情報を記録化した。 次に、学際的な研究の推進のために、多分野連携プログラム「通学路研究」の一環として「災害と通学路の安全」研究会を企画した。その準備段階において、同大学院の学術協力研究員を熊本益城町に派遣させ、事前に学校関係者や町教育委員会関係者との打ち合わせを行うことにより、調査対象との関係を構築した。研究会では、益城町に所在する小中学校の管理職を招き、地震発生後から現在まで、通学路の安全を確保するためにどのような取り組みが行われているのかについて報告してもらい、教育学研究者だけではなく、建築学や心理学など他分野の研究者や院生たちも巻き込みながら、意見を共有することができた。 さらに、以上の研究会で収集した情報を踏まえ、益城町に所在する6つの小中学校に訪問し、ヒアリング調査を実施した。調査の基本的枠組みは、市内で行ったものと同様であるが、その地理的条件や地域との関係性、また校長のリーダーシップスタイルによって生じる違いがうかがえ、管理職という立場から次々と多様な判断に迫られながら、各自がどのような「知見」に基づいて意思決定を行っていたのかを明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度として予定していた研究組織体制づくりと、追跡調査のための調査対象との関係構 築、及び複数事例へのヒアリング調査を実施することができた。まず、資料の収集面において、個人の震災「体験」を共有可能な「経験」に昇華させるためには、当事者の「記憶」を可能な限り分厚く「アーカイブ」することが必要であり、本年度は、ただ関係者へのインタビューデータを蓄積するだけではなく、震災当時のメモや日誌などの多量な1次資料を収集し、アーカイブすることができた。このような作業を通じて、学校再開までのプロセスの中で、当事者がその瞬間、何を考え、どのように行動したのかを検討し共有することが可能となり、今後、学校の危機対応において有益な「知見」として活用できると考える。次に、調査面においては、熊本市内だけではなく、次年度からの調査を予定していた益城町の小中学校へのヒアリング調査、さらに町教育委員会の関係者へのインタビューも行うことができ、当初の計画を上回る複数の事例調査が可能であった。その中で、避難所として機能できなかった事例における<学校再開プロセス>の意味付けを問い直す必要性が生じ、その新たな枠組みの設定を講じた。また、町教育委員会からのインタビューデータを分析することによって、行政側の危機対応の詳細を整理することができ、理論分析枠組みを構築するにあたって有益な、期待以上の知見を得た。さらに、学術面においては、多分野連携研究会の場を開き、「通学路」を一つの切口として用いることによって、震災から「日常を取り戻す」ことの意味と、地域に子どもの姿を示す場としての通学路の役割を確認するとともに、地域における「学校再開」の意味を問い直すことができた。調査事例の追加や訪問先の都合による一部計画変更もあったが、研究深化と成果達成ともに期待以上の進捗状況であったため、自己評価は上記の通りとした。
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今後の研究の推進方策 |
次年度からは以下の二つの柱で研究課題を進めていく。 まず、調査面においては、事例の追跡調査と追加調査の実施を予定している。特に、地震発生時の状況が書いてある1次資料の場合は、管理職の考えや判断に関する記述が簡単な「メモ」程度で残されているため、それをアーカイブ化し、厳密に分析していくにあたって、対象との継続的なやり取りを通じた追跡調査は不可欠である。そのために調査対象の都合に合わせて、随時日程を調整しながら、インタビューと追加資料の収集を行う。また、本研究のテーマを深化させ、調査内容を詳しく掘り下げて考察するために、より調査フィールドを広げる必要があり、次年度は熊本県西原村の小中学校にヒアリング調査を依頼し、当該事例を追加することによって、当事者の「体験」による新たな「知見」をさらに蓄積しておく予定である。 次に、研究成果の発信においては、本年度に収集した調査内容に基づき、その中間報告と学会での研究成果の発表を予定している。そのために、研究の理論的フレームの形成に示唆的な諸論考を解析するとともに、収集した調査データを整理・分析し、調査事例を「類型化」することによって、本研究の分析枠組みを構築する。そこから導きだされた知見を日本教育経営学会、日本教育行政学会などの学会で共有・発信し、各分野の専門家から多様な意見をもらったうえで、従来の教育学分野で見落としてきた「震災研究」の新たな枠組みを提示する。また、「学校再開プロセス」における「行政側」からの声も収集する必要があると考えられるため、教育委員会へのインタビュー調査を実施し、研究の分析枠組みをさらに修正し、洗練させていく。 以上のような一連の研究成果を学術論文として書き上げ、また最終報告書にまとめ、関係機関へ発送し、社会への還元を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
継続的な調査を行うために初年次の経費負担を抑えました。
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