本研究は科学者の研究不正要因に関連する動機、機会、正当化の3要因の発生メカニズムを解明し、不正行為に対する抑止力を向上させることで不正行為を未然に防止することが出来るのではないかと着想し、そのための新たな倫理教育プログラムの開発を行うことを目的としている。本研究では研究不正防止の有効策としてwell-beingの概念を取り入れた研究倫理教育プログラムの開発に着手し、教育評価の測定方法として、Alejandro Adlerらの先行研究で使用されているEPOCH尺度を基盤とした新しい評価尺度の開発を試みた。また本研究では、研究不正に関するアンケート調査の分析結果で得られた心理発生的欲求の野心(大望、意志権力、成就欲、および威光に関係する要求)、物的対象(おもに生きていない対象と結びついた要求)、権力(他人または自己に障害を与えることに関係する要求)の3つの心理的要因を評価尺度に反映させ、研究倫理教育の教育効果を適切に測定できる指標の開発を行った。最終年度では、well-being等の概念を組み込んだ新たな倫理教育を行うための教材の開発や、新たな倫理教育を実践するためのトレーニングマニュアル等の作成を行った。本研究は科学者への倫理教育の一方法を提案するものであるが、通常行われている関係法令や事例等を覚えるような知識蓄積型の教育プログラムではなく、科学者の不正リスクの発生メカニズムを解明し、不正行為に対する抑止力を向上させることで、科学者が起こす不正行為の発生を未然に防止する「事前対策」としての教育プログラムを開発するものであり、規則や罰則等による縛りで不正行為を防止するだけではない、倫理教育方法の視点から不正行為を未然に防止する方法を検討する新しい試みである。
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