2019年度の最終年度では、2年間の集大成として論文執筆のための資料整理に時間をかけた。これまで続けてきた学生インタビューを年度末にする予定であったが、新型コロナウィルスの蔓延という社会状況に苛まれて断念せざるを得なかった。計画通りに行かなかったが、結果としては2019年度の学生との距離を置いた1年間で得たものは、思いのほか多かった。 まずはこれまでの研究を相対化する機会となった。研究をスタートした当初は哲学的な考察のよりどころをポール・リクール「物語的自己同一性」に求め、語られない非言語の部分に学生たちの本音が隠れているのではないかと意気込んで対話を繰り返したが、学生たちの話を聴けば聴くほど、その「語られない」部分のわからなさに惑わされた。人間研究において「木」を見ずに「森」を見ることがいかに「不毛」であるかを実感せざるを得なかった。そのような中で2018年度後半に始めた表現アートセラピーに学びその知見から学生たちと言葉を介さないところで関わるコミュニケーションの方法を得たことが、研究者としての転機となった。「森」の中にも色の違いがあり、その言葉では決して見出せないニュアンスの違いを理解するために表現アートがいかに有効であるかということを実感した。 その上で学生たちが4年間の「もがき」の中で、自分たちとしての「生き直し」をする過程の中には、ガート・ビースタの言うところの「主体化」の過程が不可欠であるということに気づくに至った(ガート・ビースタ『教えることの再発見』東京大学出版会2018)。そして自分が世界の中心という自我に囚われた世界から、他者のいる世界の中に身を置く喜びに気づくということが、学生たちが本当に社会の中で生きていくための「生き直し」であると考えるようになった。2020年度中に論文としての公表を目指している。
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