触覚には接触対象の構造や形状など物理的特性の分析に関わる識別触のほかに,接触対象の情動的評価に関わる情動触があることが明らかになりつつある。触覚に関わる従来研究は位置,運動,粗さの知覚など識別触に焦点を当てており,刺激の心地よさや痛みという情動触をも含めた研究はほとんどない。布地の見た目の質感は容易に肌触りの心地よさといった触感と結びつき,注射や歯の治療で感じられる痛さは,目や耳を遮ることによって幾分和らぐという経験を考えると,識別触だけではなく,情動触においても密接な異種感覚相互作用が行われていると考えられる。そこで本研究では,未開拓の分野である情動触も含めた異種感覚相互作用を体系的に検討する。また,最終段階では,心理実験によって得られた知見に基づき,視覚や聴覚情報を使って情動触をも喚起/増強する情動喚起型疑似触覚提示法の提案を行うことを目的としている。 本年度は,情動触に関わる触覚情報と視覚情報の相互作用が情報処理のどのレベルで行われているのかを明らかにするため,連続フラッシュ抑制(CFS)を使った検討を行った。その結果,触覚刺激として尖った印象を与える電気刺激を提示した場合には,尖った視覚特徴をもつ視覚刺激の方が丸さの特徴をもった視覚刺激よりもCFSから開放され意識にのぼりやすいことが示された。このことは,アウェアネスが生じる前の比較的低い情報処理レベルで情動触に関わる触覚情報と視覚情報が統合されていることを意味する。
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