研究課題
近年、磁性体中に磁気スカーミオンと呼ばれるトポロジカルスピンテクスチャーが発見され精力的な研究が進められている。磁気スカーミオン構造はスピンが全立体角を覆い尽くす構造であり、自明な強磁性構造とはトポロジカルに異なる。現実の磁性体ではスカーミオンは三角格子を組むが、一方で構成する磁気モーメントの集団運動としてのマグノンも同時に存在する。スカーミオン格子構造中のマグノン分散はスカーミオン格子周期に対応するバンド構造を形成するが、各バンドは異なるトポロジカル数を有し、非自明なトポロジカルマグノン相を形成する。本研究の目的は中性子非弾性散乱法を小角低エネルギー領域に拡張することでトポロジカルマグノンバンドの存在を直接確認し、その分散関係を解明することにある。2018年度においては小角中性子非弾性散乱法を用いてMn(Si,Ge)単結晶の極低エネルギー非弾性散乱実験を実施するとともに、Mn(Si,Ge)物質系の常圧合成条件におけるGe固溶限の決定と、得られた情報に基づいた単結晶育成条件探索を行った。前者においてはGe 2% 置換単結晶において磁気散乱成分を確認することができた。この結果はQ分解能の観点が多少不足しているためトポロジカルマグノン理論計算との比較に直接耐えうるものではないが、今後の研究に大きな参考となる結果である。後者においては800Cという低温アニールにおいてGe固溶限が15%程度まで増加するという興味深い結果が得られた。これは高Ge置換領域での中性子非弾性散乱実験を可能にする結果と言える。この結果に関してはほぼ論文執筆を終えたところである。加えて、現在Ge15%までの種々の試料を作成済みであり、最終的な中性子非弾性散乱実験を待っている状況である。
3: やや遅れている
2018年度は中性子散乱実験としてオーストラリア原子力研究所中性子センターの SIKA冷中性子三軸型分光器を用いた MnSi_(1-x)Ge_x (x~0.02) 単結晶試料の極低エネルギー小角非弾性散乱実験を実施した。スカーミオン格子に対応する逆格子空間の Gamma点、M点およびその中点での非弾性散乱スペクトルをヘリカル相、スカーミオン相、並びに強制強磁性相で詳細に測定した。Q分解能が多少不足していたため分散関係を明らかにするには至らなかったが、Q依存する磁気励起スペクトルが観測され、最終実験に必要なQおよびエネルギー分解能の見積もりに重要な知見を与える結果となった。一方、物質探索としては初年度の結果から最も可能性が高いと判断されたMn(Si,Ge)系に的を絞り、Ge固溶限を常圧合成にて詳細に調べた。その結果低温アニールを行うことでGeが15%程度固溶することが明らかになった。また、バルク物性のGe濃度依存性を調べることにより、Tcの上昇が10%固溶程度で飽和することに対して強制強磁性相への転移磁場や強制強磁性相での飽和磁化は15%固溶まで線形に上昇するなど、興味深い対比が見られることが判明した。これらの結果はすでに日本物理学会で報告するとともに、ほぼ論文執筆を終了した段階である。ただし、2019年度中に行う予定であった最終小角非弾性散乱実験が米国オークリッジ国立研究所原子炉トラブルにより実施できなくなり、現在その再稼働を待っている状況である。その意味で、進捗状況を「やや遅れている」と判断した。一方、本研究に触発されより広い物質群でのトポロジカルな磁気構造・励起を研究した結果、トポロジカルトリプロン励起をBa2CuSi2O6において観測、奇妙な渦巻き磁気構造をAu-Al-Tb準結晶近似結晶で発見等の成果が得られている。
2019年度に行うべき実験として冷中性子小角非弾性散乱を用いた極低エネルギー磁気励起測定の最終実験がある。この実験は米国オークリッジ国立研究所に設置された CTAX 分光器の使用を予定していたが、2018年11月に生じたオークリッジ国立研究所研究用原子炉トラブルにより実験実施が不可能となり、現在、研究用原子炉の再開を待っているところである。2018年に実施したSIKA 実験で判明したことは、エネルギー分解能としては十分と考えられるがQ分解能が多少不足しているという事実である。CTAX分光器実験においてQ分解能を上げることは原理的には可能であるが、強度の問題が生じる。幸いなことにORNL再稼働まで時間の余裕ができたため、今後更に、サンプル体積を増加すること、およびスカーミオン格子間隔を狭めることでQ分解能条件を緩和することの両方を行い、最終実験を成功させる。なお、オークリッジ国立研究所原子炉再稼働には不確定要素もあるため、他の中性子施設への実験提案も同時に行うことで早急な研究推進を目指している。一方、実験データの解析は、当初は最終実験後に行う予定であったが、最終実験の遅れを鑑み、これまでSIKA分光器で得られている実験データをもとにマグノン解析コードを整備することで最終実験実施後すぐに解析を行えるように準備を進める方針に切り替えた。中性子非弾性散乱データの解析の目的には、通常の理論計算で行われる分散関係計算だけでなく散乱強度計算も必要になる。この機能を取り入れたマグノン解析コードを最終実験前に完成させ、実験データの解析にすぐに使用できる状況を達成する。
本研究計画では米国オークリッジ国立研究所研究用原子炉に設置されたCTAX冷中性子三軸型分光器を用いたトポロジカルマグノン確認を最終目標に設定していたが、2018年11月に生じた上記研究所原子炉トラブルによりオークリッジ国立研究所で実施を予定していた最終実験が実施できない状況が発生した。これに付随して、最終実験用に計上していた諸費用(中性子試料缶、試料原料、試料育成装置消耗品および旅費等)が未使用額となった。このような状況が発生したため、本研究計画自体を延長申請し、2019年度に最終実験を実施すること、さらに最終実験実施に計上していた諸費用を次年度使用額として計上することとした。
すべて 2019 2018 その他
すべて 国際共同研究 (6件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 3件、 査読あり 5件) 学会発表 (15件) (うち国際学会 6件、 招待講演 4件) 備考 (1件)
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