研究課題
磁場発生時に働く電磁応力は磁場の増加にともなって大きくなり、100テスラの磁場領域においてその値は世界最高水準の導電性材料の強度をも凌駕する。この制約によって、人類は100 Tを越える磁場を電磁石の破壊を伴うことなく発生する技術の実現に至っていない。本研究では、導電性材料の高強度化や、電気が流れるコイル自体の最適化や補強などによる従来の磁場発生技術開発とは異なった、磁束を自発的に閉じ込めることによるこれまでに無い新しい磁場発生技術(非破壊パルス磁場磁束濃縮法:以下、磁束濃縮法)を確立し、電磁石を破壊することなく100テスラの磁場発生を実現する事を目的としている。これまでの研究で、約10テスラの磁場領域においては磁束濃縮法により磁場強度を200%に増強できることを確認しているが、当該年度の研究では磁場強度をさらに増強するための開発実験、およびそれをサポートする数値シミュレーションを進める事が出来なかった。一方で、平行して進めていた試料冷却のための低温技術開発において、液体ヘリウム4を排気量が非常に大きく到達真空度の高い真空ポンプで減圧する方法によって、0.95ケルビンの極低温の実現に成功した。一般に、1ケルビン以下の低温生成には極めて高価で希少な同位体であるヘリウム3が利用されるが、電磁石トラブル時の低温装置の2次破損によるヘリウムガス喪失の可能性がゼロにはできないパルス強磁場実験において、ヘリウム3を用いない極低温実現が望まれていた。今回得られた結果は、パルス磁場下の磁化測定に不可欠な極低温技術の可能性が広がる非常に有益な成果と言える。
4: 遅れている
コロナウイルス感染症の拡大に伴う、オンラインもしくはハイブリッド講義実施のための講義準備の時間増と、全国共同利用として受け入れている外部ユーザーによる強磁場実験を試料送付によるリモート実験として対応するために、当該年度に予定していた、更なる磁場強度向上のための構造最適化の実験と、磁場発生原理の確立と効率的な開発推進のための計算によるシミュレーションを進めることが出来なかった。一方で、平行して進めていた強磁場低温磁化測定のための極低温装置の開発においては、ヘリウム4のみを使って1ケルビン未満の極低温を達成するという非常に有益な成果を得る事ができた。加えて、既存の強磁場発生装置を利用した強磁場磁化測定によって、1ケルビン未満の極低温において興味深い物性の発現が期待されるハニカム格子やカゴメ格子を有するフラストレート磁性体を見出した物質開拓における成果を得る事も出来た。しかし、主要な研究課題である磁束濃縮法の研究開発において十分な進展をみることが出来なかったことから、総合的に考えて進捗状況は遅れていると判断した。
前項で述べた理由から、助成事業期間の再延長申請を行い、承認されている。本年度は、すでに得られている磁束濃縮法による約10テスラまでの実験結果を論文として成果発表するために、数値計算によるシミュレーションと実験結果の比較による理論解析を第一に進める。すでに、単純なモデルを用いた解析によって、導体が全く無い場合と比較して、パルス電磁石の磁場発生空間の一部の領域に導体が配置された場合に、導体の置かれていない領域では磁場強度が増強されるという結果を得ている。それをふまえて、より詳細な3次元モデルを用いた理論と実験の比較を行うために、有限要素法解析プログラムADVENTURE_Magneticを用いた数値計算を進める。計算による実験結果の再現性が担保された上で、パルス磁場の周波数依存性、導体の形状依存性について考察し、磁化測定装置を組込可能で、かつ磁束濃縮率を最大化する最適条件を推定し、検証するための再現実験を行う。成果が得られている低温開発に関しては、装置の小型化を行う事で、旧来から運用している標準的な磁化測定装置との組み合わせを可能にすることで、具体的な物質測定への応用も進める。この低温磁化測定装置と磁束濃縮による磁場発生装置を組み合わせて、磁束濃縮法による磁化測定を実現する。
予期していなかったコロナ禍における研究教育の対応のために当該助成事業の推進が停滞したため、磁束濃縮法を用いた磁場発生装置の高度化と、応用研究のための装置開発に必要な経費がほとんど執行されなかったため、次年度使用額に相当する助成金が生じた。本年度の主要な研究計画のうち理論解析のための計算環境整備はほぼ完了している事から、繰り越された当該助成金を用いて、磁束濃縮装置の高度化に必要な部品の加工と、低温磁化測定装置の製作を行う。また、磁場発生試験や低温磁化測定の実施のために必要な液体窒素、液体ヘリウム等の低温寒剤費用にも助成金を使用する。さらに、成果発表のための論文投稿料・英文校正費用としても助成金の一部を使用する予定である。
すべて 2021 2020
すべて 雑誌論文 (6件) (うち査読あり 2件) 学会発表 (3件) (うち招待講演 1件)
Journal of the Physical Society of Japan
巻: 90 ページ: 044714~044714
10.7566/JPSJ.90.044714
Physical Review B
巻: 103 ページ: 104433
10.1103/PhysRevB.103.104433
巻: 90 ページ: 034709~034709
10.7566/JPSJ.90.034709
巻: 89 ページ: 114713~114713
10.7566/JPSJ.89.114713
Materials
巻: 13 ページ: 2017~2017
10.3390/ma13092017
巻: 89 ページ: 064711~064711
10.7566/JPSJ.89.064711