研究課題/領域番号 |
17K18834
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
内田 努 北海道大学, 工学研究院, 准教授 (70356575)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | トレハロース / 凍結保存 / CHO-K1細胞 / トレハロース輸送体 / TRET1 / 緩慢凍結 |
研究実績の概要 |
本研究は、二糖類であるトレハロースを細胞内に導入するタンパク質(TRET1)を発現した細胞(CHO-TRET1細胞)と通常の細胞(CHO-Vector細胞)とを用いて、細胞内へ導入されたトレハロースが、緩慢凍結で生命を維持している細胞内でどのような働きをしているのかを明らかにすることを目的としている。平成29年度は以下の2つの課題について実施した。 <課題I:トレハロースの細胞内導入による凍結保存メカニズムの解明>研究協力者(農研機構・黄川田主任研究員)より提供された各細胞を用いて凍結保存実験を実施し、凍結・融解後の生存率を、今年度導入した自動細胞計測装置を用いて調べた。その結果、細胞外トレハロース濃度が400~500mM、凍結温度が-100℃程度の緩慢凍結条件で、CHO-TRET1細胞の高い生存率が得られることがわかった。これらの結果は、Cryobiology誌に発表した。 <課題II:細胞内外の水の状態の計測技術開発>微細な孔隙を有するPorous glassやGlass beads等の微粒子を細胞の模擬試料として、予備実験を開始した。Porous glass内の微細な細孔中の溶液は「細胞内水」を、微粒子間の溶液は「細胞外水」を模擬しており、凍結液の固化条件等を把握するための実験系の構築と計測法の開発を行った。測定法としては、産総研・竹谷主任研究員の協力の下、粉末X線回折測定により結晶状態を計測した。また名古屋大学・竹家講師の協力の下、THz分光測定により液体相の存在について計測した。500mMのトレハロース含有水溶液を加え-80℃で凍結させた模擬試料を計測した結果、模擬試料中には氷Ih結晶が主に形成されていることが確認され、「トレハロースが細胞内外の溶液のガラス化を誘導して細胞の生存を維持している」という説を積極的に支持する結果が得られなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で実施する2つの課題について、それぞれ以下のように進捗している。 <課題I:トレハロースの細胞内導入による凍結保存メカニズムの解明>では、自動細胞計測装置を導入し、使用するCHO-K1細胞を凍結保存できる条件、出来ない条件を明確にすることが目的であった。その結果、CHO-TRET1細胞の凍結保存の至適条件を抽出することができた。この結果については、学会発表を行い、論文発表を行った。それに引き続き、細胞内外のトレハロースが凍結保護効果を発現するメカニズムを明らかにするために、様々な条件で実験を開始している。その一部(保存期間依存性)については、学会発表を行うところまで進捗している。 <課題II:細胞内外の水の状態の計測技術開発>については、粉末X線回折測定を実施し、模擬試料を用いて微細細孔中のトレハロース含有水溶液の結晶状態とガラス状態、液体状態等を区別できるか計測を行った。また、液体状態の存在に敏感なTHz分光法が本研究に適するかどうかを調べるため、粉末X線回折測定に用いたものと同じ試料を用いて計測した。これらの試行実験を通じて、それぞれの計測法の感度と試料形態の準備方法等について検討を行った。一方中性子線回折法について検討を行った結果、粉末X線回折法より高精度に計測することが困難であること、感度を上げるためには重水を用いる必要があるが細胞毒性があること、さらに計測のマシンタイムが研究実施期間内に十分確保できる可能性が低いことなどがわかり、本研究内で用いることを断念した。 以上のことから、課題Iは当初予定より進展しているが、課題IIについてはおおむね予定通りの進展であると評価でき、両者を合わせて上記区分の評価とした。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、2つの課題について以下のように研究を推進する予定である。 <課題I:トレハロースの細胞内導入による凍結保存メカニズムの解明>では、平成29年に引き続き細胞の凍結保存実験を続け、細胞内外のトレハロースの凍結保存に及ぼす働きを明らかにするためのデータを蓄積する。得られた結果については積極的に学会発表や論文発表を行い、研究成果の普及に努める。 <課題II:細胞内外の水の状態の計測技術開発>については、平成29年に行った予備計測を行った二つの測定方法については、細胞を用いた計測を実施する。またガラスに接着した状態の細胞を凍結保存することができる条件があることがわかったことから、顕微Raman分光法など計画当初には想定していなかった計測手法も適応可能性が出てきた。そこで平成30年度に、異なった測定方法による計測を試みる予定である。 以上の二つの課題の結果を総合し、細胞内外のトレハロースがどのようなメカニズムで細胞の凍結保存に影響を及ぼしているかを解明する。
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