研究課題/領域番号 |
17K18886
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
野田 啓 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 准教授 (30372569)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 半導体ナノ構造 / 光触媒 / 人工光合成 |
研究実績の概要 |
ワイドギャップ半導体材料を対象として、気相反応場に着目した新しいバンドエンジニアリングの指針の開拓、及び高機能光触媒メンブレンリアクター開発を目的とした研究を遂行した。 まず、可視光応答性を有する酸化鉄(III)(Fe2O3)に着目し、陽極酸化法により作製した酸化鉄ナノチューブアレイ(FNA)試料に対して、高真空下での気相メタノールの光触媒分解過程の観察を行った。その結果、助触媒としてPt微粒子を堆積させたFNA試料において、可視光照射に伴う水素(H2)生成や中間生成物(COやH2O)の検出に成功した。従来の液相反応場では、外部からの電圧印加が無い状況ではFNA表面に可視光を照射しても光触媒水素生成は生じないことが知られており、観測された結果が気相反応系(特に高真空下)特有の現象であることが考えられる。また、典型的な光触媒材料である酸化チタン(TiO2)や酸化タングステン(WO3)とは異なる、酸化鉄とPt微粒子の混合系に特有の挙動も観測された。 更に、原子間力顕微鏡によるTiO2表面における紫外光照射前後での表面電位計測を実施し、大気中での光照射停止後の表面電位の緩和時間が、酸化チタン試料の面方位や形状の違いにより、大きく異なることを見出した。この現象は光触媒反応に寄与する光誘起キャリア(正孔)の振る舞いを反映したものであると推測される。 また、TiO2ナノチューブアレイを用いて、水素生成と分離を同時に実現するメンブレンリアクターを作製し、その機能の温度依存性を詳細に評価した。液相反応場ではあるものの、メタノールを犠牲剤とした水の光分解による水素生成・分離機能を確認し、メンブレンの温度上昇と共に水素生成速度や量子収率が段階的に向上することも示した。 以上のように、ワイドギャップ半導体材料を用いた高機能光触媒メンブレンリアクター開発に向けて有益な成果を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、半導体ナノ構造を対象にした気相/液相系反応に対する光触媒活性と、材料種及びナノ構造の表面形状との関係について体系的に調査を行っており、光触媒機能を発現する様々な材料の作製も進展している。更に気相反応系(特に高真空下)特有と思われる現象も観測しており、その成果を基にした学術論文の発表に至っている。 それと並行して、ケルビンプローブ原子間力顕微鏡を用いた半導体光触媒ナノ構造表面における表面電位計測にも取り組み、光励起されたキャリアの緩和過程に関する知見もある程度取得できている。更に光触媒メンブレンリアクター及びその測定評価系の構築と温度特性も達成している。これらは概ね研究計画に沿った成果であると言える。 理論計算による実験結果の予測や検証については進捗が遅れているものの、以上の事由により、本研究課題は概ね順調に進展していると判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度に着手した研究項目を継続して行いつつ、下記の新たな項目にも着手する。 まず、理論計算によるアプローチを進めていく。遷移金属を含んだ化合物半導体から構成されるナノ構造表面に対して、密度汎関数法によるエネルギーバンド構造の計算を行う。その結果により予測される電子状態と、気相反応場での可視光応答及び光触媒活性との相関を追跡していく。 実験で用いる光触媒材料としては、これまでn型の半導体材料が主体であったが、今後はp型材料(例えば酸化銅(I)(Cu2O)など)を用いた光触媒ナノ構造の作製も実施する。それをn型材料と組み合わせることでZ-スキーム型を模擬した複合材料系の構築及び高効率な可視光応答光触媒材料の実現を目指す。 更に、気相光触媒反応分析装置を用いて、光触媒水素生成過程だけでなく、二酸化炭素(CO2)の光還元過程における実時間観測を実施し、その量子収率や半導体ナノ構造の基本的な物性値との相関について調査を進める。 また、半導体光触媒ナノ構造と各種助触媒金属との界面におけるナノスケール表面電位測定に関して、雰囲気制御が可能なKPFM測定環境を構築する。また実際に様々な雰囲気下で得られる表面電位計測結果を基に、理論計算や気相光触媒反応分析で得られる結果の相補的な検証を実施すると共に、半導体ナノ構造作製プロセスへのフィードバックを行う。 以上の取り組みを通じて、これまでほとんど議論されていない、気相反応場における光触媒材料表面のエネルギーバンド構造と光触媒反応系における酸化還元電位との相関、及び光触媒反応過程の解明に寄与する新しい知見を得る。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 半導体ナノ構造の原材料や原子間力顕微鏡カンチレバーなどの消耗品の使用量が、研究計画当初の想定よりも少量で間に合ったため、材料費の支出が抑えられた。 (使用計画) 今後は、高真空下での光触媒活性評価装置のガス導入系の増設や原子間力顕微鏡の雰囲気制御を予定しており、ガスの流量制御やガス検出系に関わる部品類を多数購入する予定である。その他の消耗品費としては、光触媒試料作製に必要な基板や試薬類、真空機器メンテナンス用の部品、疑似太陽光源やキセノン(紫外光)光源の交換用ランプや光学測定用部品、原子間力顕微鏡用のカンチレバーなど、頻繁に使用される物品を、研究計画に合わせて適切な時期に購入できるように配慮した。旅費については、国内及び国外での各学会で年に1、2回の発表を行う予定で、その費用を考慮した。外国旅費については、海外で開催される国際学会に年に1~2度、参加する際に必要な渡航費と滞在費を概算している。また、研究の進捗状況によって、他機関の研究者または技術者による実験や理論計算の補助を必要とする場合を想定して、研究補助費(謝金)を計上している。最後に、本研究計画で得られる成果を発表する際の学会参加費や論文投稿料については、その他の費用項目で計上している。
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