研究課題/領域番号 |
17K18897
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
安永 守利 筑波大学, システム情報系, 教授 (80272178)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 大脳視覚野 / 自己組織化マップ / トンネル / 切羽 / パターン認識 / コンクリート / 打音検査 |
研究実績の概要 |
自己組織化マップ(SOM:Self-Organizing Map)は,大脳視覚野のモデルであり,目から入ってきた画像情報の類似度をマップ(地図)上の位置関係で視覚的に表現することができる.これは,脳の持つ基本的な情報処理機能であり,画像(視覚情報)だけでなく音(聴覚情報)についても適用可能である. 本研究の目的は,この脳モデルを用いて,これまで点検者(人間)が行っていた切羽画像等の認識を機械に代替するためのシステムを構築することである.建築土木業界では,トンネル等のインフラストラクチャの老朽化が急速に進んでいる上に,これらの点検者が減少しており,その機械化が急務となっている.本研究では,機械学習の1つでもあるSOMを用いて,これらの点検を可視化・自動化するためのアルゴリズム開発とその専用システムの構築を行う. H30年度は,欠陥を含む標準コンクリート試験体を用いて約1万個の打音データを取得し,これを学習データとしてSOMを生成した.ニューロン数は,昨年度からの予定に沿って100×100ニューロンを目指したが,60×60ニューロンの方が高い正解率を得られることが分かった(学習データ数に対して,最適なニューロン数が存在すると考えられ,約1万個の学習データに対しては60×60ニューロン程度のサイズが最適なものと考えられる).正解率,適合値,F値を評価した結果,ほぼ実使用可能な値を得ることができた. システム開発においては,1つのzynq(プロセッサ内蔵型FPGA)に60×60のニューロンを実装した専用ハードウェアを完成し,ソフトウェア処理(Core-i7 プロセッサ使用)に対して約18倍の高速化を実現した.また,1つのニューロンをこれまでの単純な構造から,多層パーセプトロンに変更した構造を提案した.これにより,適合率を約10%向上することができた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
標準コンクリート試験体から約1万個以上の打音データを取得することができ,昨年度以上に大規模な学習が可能となった.これを用いてSOMの学習を行い,これまでの正答率(正解率)の評価だけでなく,再現率を含めた評価を行った.その結果,正解率,再現率ともに約20回の試行の平均で,それぞれ74%,90%の値を得た.特に再現率は,疑陰性(欠陥を誤って健全と判断してしまう判定)に対する指標であり,この値が90%を得たことは評価できると考える.さらに,SOMのニューロンを単純なニューロンから多層パーセプトロンに変更した構造を提案した.この構造で,上記と同様の評価を行ったところ,正解率,再現率は,ともに89%となった.提案手法の方が若干(1%)の再現率低下があったものの,正解率を15%高められたことは,本構造の有効性を示す結果と考えられる. また,トンネル切羽画像の地層判定に多層パーセプトロンを適用したところ,トンネル断面のCL級地層とCM級地層,および非地層(トンネル外壁コンクリート)に対して,それぞれ,57.4%,78.3%,96.5%の正解率を得ることができた.現状では,まだ,SOMを適用した学習には至っていないが,SOMと多層パーセプトロンを適用した上記の手法を用いることで,さらに高い正解率が得られると考えられる.なお,SOMのみをトンネル切羽画像断面に適用したところ,良好な自己組織化が行われていることも確認できた. 専用システムの開発に関しては,昨年度の提案アーキテクチャをさらに深化させ,SOMの計算並列性をSOM全体だけでなく,ニューロン内部の積和演算の並列性も活かした回路を提案することができた.そして,これらをzynq(プロセッサ内蔵型FPGA)に実装したところ,60×60ニューロンのSOMで,ソフトウェア(CPU:Core-i7)に対して18.52倍の高速化を実現できた.
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる今年度は,提案システムを実用化に近づけるための検討を進めるとともに,実用化のための課題を明らかにする.昨年度までの研究期間で,SOMをトンネル切羽やコンクリート欠陥の判定(診断)といった土木技術応用に適用するための基本的な構造や条件を明らかにすることができた.本年度は,この結果を,これまで開発してきたzynq(プロセッサ内蔵型FPGA)に実装する他に,既にある打音データ取得システム(佐藤工業製の「健コンポータブル」)にも実装し,SOMによる新たな判定システムの実利用での問題点を明らかにする.健コンポータブルは,Windwosパソコンをベースとしたシステムであり,土木現場等に容易に持ち込むことができる.これより,昨年度まで検討したSOMの結果をソフトウェアによって組み込み,土木現場や展示会でデモすることによりユーザの意見聴取を行う.また,これまで,打音データの前処理においては,数値データ処理(FFT)のみを対象としていたが,打音データを取得するための収音機の影響も無視できないことが分かってきている.今年度は,この点についても評価を進める予定である. 一方,zynqによる専用システムについては,さらに大規模なSOMを実現する手法について検討と実装を行う.昨年度は,1つのzynqに最大60×60ニューロンを実装することができた.ここで,2台のzynqをTCP/IPプロトコルネットワークで接続し,ニューロン数を2倍にしたところ,十分な高速計算性能が得られなかった.これは,ネットワークによるデータ転送オーバーヘッドが原因であり,別の方法を検討する必要がある.具体的には,zynq用の専用バスを用いて,複数のzynqを直接接続するといった方法である.本年度は,これら複数zynq間の接続方法について検討し,専用ハードウェアシステムの基本プロトタイプを完成する.
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