研究課題/領域番号 |
17K18974
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
石川 亮 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (20734156)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | グラフェン / ドーパント / 化学結合 / 原子分解能電子顕微鏡 / 微分位相コントラスト法 |
研究実績の概要 |
本研究では,微分位相コントラスト法を用いてグラフェンエッジと不純物単原子間の化学反応を原子分解能で観察し,不純物原子を介した触媒反応によるグラフェンの分解・成長過程を明らかにすることを目的としている.昨年度に引き続き,低加速電圧(80 kV)での電子顕微鏡を用いて,単層あるいは複層グラフェンの原子分解能観察を行った.単層グラフェンエッジは加熱した状態でも,電場観察を高い精度で実施するには不安定であったため,電子線による照射損傷を用いて,2層グラフェンにホールを形成させた.形成したグラフェンエッジ領域を観察したところ,エッジ領域に属する炭素原子は欠陥のないグラフェン領域の炭素原子よりも強い電場を示すことが分かった.エッジ領域ではダングリングボンドが形成されており,配位数が少ないため(通常は3配位),電場強度が局所的に増強されていることが明らかとなった.また,単層グラフェン中における代表的な不純物元素であるシリコン単原子の周囲に形成された原子電場についても観察を行った.シリコン原子は単層グラフェン中では,3配位(単原子空孔)および4配位(二原子空孔)が存在するが,これらの配位数と対称性を反映したシリコン原子電場が局所的に形成されていることが明らかとなった.これはシリコンー炭素原子間に形成されている共有結合を反映していると考えられる.したがって,電場を観察することは間接的ではあるものの,化学結合に関する情報が得られることが明らかとなった.得られた研究成果は論文および国内外の学会において発表した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
不純物であるシリコン単原子やグラフェンエッジに属している炭素単原子からの原子電場が欠陥のない単層グラフェン中の炭素原子とは異なる電場強度や分布を示すことが明らかとなった.観察された原子電場像の妥当性を明らかにするため,第一原理計算を用いて安定構造を決定した.得られた安定構造に基づき,実験と同じ光学条件(加速電圧,収束角,検出器の角度範囲など)での原子分解能電場像の計算を行った.原子電場の計算像は実験像をよく再現しており,局所に形成された共有結合がシリコン原子電場の異方性を反映していると考えられる.すなわち,3配位では3回対称場,4配位では4回対称場が形成されていることが明らかとなった.単原子電場の強度分布(形状)については,実験と計算において良い一致が見られたものの,電場強度の絶対値についてはおよそ2倍程度の差(実験値が理論値を下回る)が見られた.このような不一致は次のような原因が考えられる: (1) 残留収差などの実験の不完全性,(2)計算に用いているポテンシャルが現実とは異なる.微分位相コントラスト法 では明視野領域を用いるため,残留収差(レンズの不完全性)の影響を強く受ける.実際に,3回非点の影響を大きく受けており,電場強度が小さく計測されたものと考えられる.2つ目の原因を検証するには,実験を完全な条件で実施するか,残留収差を正しく見積もる計測法を考える必要がある.今後はより高い精度での実験を目指す.
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今後の研究の推進方策 |
静的な単層グラフェンや欠陥領域からの原子電場を計測できることがこれまでの研究により明らかになった.本年度は,本研究課題における主題である動的観察へと展開する予定である.これまでの実験では,電子ドーズ(電流量)抑制した実験条件で複数枚の画像を取得し,これらの画像の位置合わせを行い重ね合わせることで,信号雑音比の改善を行ってきた.したがって,時系列に沿ったデータ・セットはすでに得られる実験環境の整備は完了している.動的観察を実現するための最大の課題は,電子ドーズと信号雑音比にある: 低い電子ドーズ下では信号が雑音に埋もれてしまう一方で,高電子ドーズ下では試料ダメージにより観察が困難となる.これまでの実験から,300-400度の高温下では室温よりも試料ダメージを抑制できるため,電子ドーズ量を増やせることが分かっている.したがって,高温下で多くの電子ドーズを用いて,信号雑音比を改善し,動的観察を実施する.また,得られた実験像のノイズ除去も昨年度より検討しており,情報処理に基づいた画像の回復も行う.シリコン以外にも多くの遷移金属元素がグラフェン中に存在していることがこれまでの実験からも明らかとなった.困難ではあるものの,単原子からの電子エネルギー損失分光は可能であり,元素種も特定できる.触媒性を示す遷移金属では配位環境により価数が変化するが,動的な電場観察を行うことにより,触媒活性と配位環境の関連性を明らかにする.また,得られた成果は論文として取りまとめ,国内外に発表する予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
目的に応じた物品等の購入を行った結果,微小な残高が生じた.最終年度に物品費として有効に利用する予定である.
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