近年,量子情報処理分野の研究におけるスピンの任意操作も単一スピンから複数のスピンへと研究対象がシフトしてきている.そのような状況では操作対象のスピン群とその周りの環境(電極,フォノン,核スピン集団等)との相互作用のより深い理解だけでなく,その環境の制御(リザーバエンジニアリング)が一層重要となってくる.本研究では,単一量子ドット(QD)に光注入した1個の電子スピンとQDを構成するの原子核スピン集団との相互作用を深く研究し,リザーバエンジニアリングの課題の1つとして,原子核スピン集団の自発分極などを利用した分極率向上や分極方向の任意制御を本研究の目的としている. 今年度は,まず論文によって異なるg因子の定義を実験結果とともに統一的に解釈・整理し,電子g因子の符号が異なる2つの化合物半導体単一QDにおいて入射電子スピンと直交する方向に大きな核磁場が形成できることを示した.これまでの理論では,入射電子スピンと直交する方向には数mTを超える核磁場は形成できないとされてきたが,0.8 Tにも及ぶ大きな核磁場を示すサーカステント型の異常ハンルカーブを観測した.この異常ハンル効果は電子スピンの符号に依存せず,横磁場強度変化に対する双安定性等を示す.これらの実験結果を定性的に再現する核四極子相互作用の効果を含むモデルを構築した.更に励起強度や離調を微細に変え,効率的励起条件を探索しただけでなく,核四極子相互作用が核スピン分極(核磁場)形成に果たす役割についてその主軸の傾きの効果や磁場下での核g因子の極端な異方性について重要な知見を得た.これらの成果は本研究の目的を十分に達成するものであり,査読付き学術論文4件に掲載された.その他,1.5ミクロン帯光子との相互作用が可能な酸化エルビウム結晶において,同位体選択結晶成長を行い,核スピンバスノイズの効果を実験的に示した.
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