研究課題/領域番号 |
17K19047
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
米田 忠弘 東北大学, 多元物質科学研究所, 教授 (30312234)
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研究分担者 |
道祖尾 恭之 東北大学, 多元物質科学研究所, 助教 (10375165)
高岡 毅 東北大学, 多元物質科学研究所, 講師 (90261479)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | 水素結合 / 走査トンネル顕微鏡 / ドーパミン |
研究実績の概要 |
水素結合(HB)は有機分子・生体分子などの集合体の構造形成に非常に重要な役割を果たしている。HBは静電的相互作用であり、明瞭な分光的分析手法は限られており、主として赤外分光などを用いた振動分光である。O-H間の伸縮振動がOH-O水素結合の有無により変化することを利用する。水素結合を局所的に捉えることは分子集合体の構造と水素結合の関係を理解する上で不可欠である。マクロな分光法で得られている物理量を局所プローブで実際に検知することが水素結合顕微鏡開発の最も直接的な手法である。STMを用いた非弾性トンネル分光(IETS)を用いれば局所分光法として振動モードの検知は可能である。IETSはトンネル電流の2階微分を行うことで振動モードの検知を行う手法である。本申請ではSTMを用い振動分光が可能なIETSを利用することで、O-H振動分光に基づいた水素結合可視化顕微鏡を開発することである。研究期間中にターゲット分子として、ドーパミン分子が形成するHBネットワークを可視化することを目標とする。H29年には振動モードのマッピング技術の確立のためにSiCを加熱して作成したグラフェン表面でのフォノンの空間分布を明らかにした。ダングリングボンドを持ったSi原子の垂直方向への振動に対応するフォノンが非常に局在しており、また電気伝導特性にも強い影響を与えることが判明した。電気伝導特性のシミュレーション結果は、STMのトポグラフ像の明るい部分・暗い部分で得られた実験結果を良く再現している。このように、振動モードの分布を原子レベルでマッピングすることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は振動モードのマッピング技術の確立を優先するため、グラフェンのフォノンのマッピングを試みた。SiCの基板を高温で加熱すると、表面からSi原子のみが脱離し、残留したC原子同士が結合することで高品質かつ大面積なグラフェンが最表面に形成されることが報告されているが、界面のフォノンによる電子の散乱が問題となっている。しかし、グラフェンの下に潜む界面フォノンを観察することは非常に難しく、これまで実際に界面フォノンを検出し、その特性を調べた研究例は殆ど無い。 グラフェン/バッファー層/SiCの構造をSTMで観察すると、バッファー層の周期構造を反映した6√3×6√3 R30の周期をもつ明暗パターンが得られる。明るい部分と暗い部分で測定した電気伝導特性は異なっている。これは非弾性トンネル過程が明るい部分と暗い部分で異なる、つまり存在するフォノンの種類が異なるためと考えられる。その理解のためグラフェンとSiC界面の電子・フォノン物性を第一原理計算によって解析した。その結果、STM像で明るく見える部分では、ダングリングボンドを持ったSi原子が界面に存在し、暗く見える部分ではSi原子はダングリングボンドを持っていないことが判明した。さらに、このダングリングボンドを持ったSi原子の垂直方向への振動に対応するフォノンが非常に局在しており、また電気伝導特性にも強い影響を与えることが判明した。に示すように、電気伝導特性のシミュレーション結果は、明るい部分・暗い部分で得られた実験結果を良く再現している。この結果は論文に掲載された。(E. Minamitani et al., Phys. Rev. B 96, 155431 (2017)) このようなマッピングは世界的に見ても珍しく、研究が順調に進んでいると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
H30年度は昨年まで整備した振動スペクトロスコピーのマッピング技術に加えて、よりエネルギー的に高分解能を得られる、He3を利用した0.4 Kで動作する極低温STMをこの水素結合顕微鏡の検証実験に活用する。対象の試料はドーパミン分子が形成する水素結合ネットワークを可視化する。ドーパミンは脳内神経伝達物質であるとともに、水素結合による無機・有機物質を接続するインターフェイス物質として盛んに研究されている。我々はその水素結合を金(111)表面にドーパミン薄膜に作成したが、1つのドーパミン分子は2つの明るい点から構成され、規則的な格子を形成している。ドーパミンは分子内2つの酸素分子をもち、隣の分子と水素結合を形成し2次元構造を作り安定すると考えられる。更に詳細に見ると、隣り合う分子は直結した2つの水素結合ではなく、ずれた形で1つの水素結合で結合されている。OH官能基は1つのサイトでは水素結合とは無関係、別のサイトでは水素結合に参加している。これらを差別化して可視化する。この顕微鏡はOHの伸縮振動が水素結合の形成前後でエネルギー一がシフトすることを利用するが、その原理は必ずしも明らかになっておらず、水素結合として知られている分子間の分極による結合力だけでは、測定される大きなOH伸縮振動エネルギーシフトは説明不可能である。電子移動による電子構造の変化がその原因と想像されるが、STMが持つ、原子分解能を持った構造解析と電子状態の分析能力を生かして、このシフトの原子レベルでのメカニズム解明にあたる。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年に整備した液体ヘリウム冷却システムが予想を上回る冷却効率とヘリウム使用量の減少につながったため、液体ヘリウムおよび液体窒素の使用量が抑えられた。H30年度は整備した0.4K冷却器を可動させる頻度を上げ、それに必要な費用にこの予算を当て、より分解能の高い測定に貢献する。
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