研究課題/領域番号 |
17K19048
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
福谷 克之 東京大学, 生産技術研究所, 教授 (10228900)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | パラジウム / 水素 / 電気抵抗 / 準安定 |
研究実績の概要 |
パラジウム水素化物のバルクにおいて,水素は8面体配位位置を占有する.近年,水素化物の表面近傍では水素が4面体配位位置を取ることが示唆され,このような準安定構造と超伝導や比熱異常などの物性との相関が議論されつつある.本研究では,準安定表面水素化物相を作製し,その伝導特性と水素量・構造との相関を明らかにすることを目的とする. 本年度は,ガラス基板およびSrTiO3基板上に厚さの異なるPd薄膜を作製し,それを水素化した時の伝導特性を調べ,さらに吸収水素については熱脱離スペクトルを用いて評価した.また共鳴核反応法を用いて吸収水素量と水素の構造を決定するため,東京大学タンデム加速器研究施設の1Eビームラインにおいて,水素化のための水素ビーム装置と試料マニピュレータ―の開発を行った. ガラス基板上に作製したPd薄膜試料をそのままの状態で,温度~100Kで水素曝露を行うと,水素吸収に伴い抵抗が上昇し,その後試料を加熱すると水素の放出とともに抵抗値が元に戻る様子が観測された.熱平衡のPd水素化物が形成されたと考えられる.一方,試料を一度高温でアニールし,その後水素を曝露するとわずかな水素曝露で抵抗が大きく変化する様子が観測された.後者の試料表面をAFM観測したところ,Pdが~100nmスケールの島状の構造を形成していることがわかった.ナノサイズのPd島が擬似的にミクロな端子として働き,その結果高感度の表面抵抗測定が可能になったと考えられる. SrTiO3基板上に作製したPd薄膜について,水素イオンビームを用いて水素化を行ったところ,水素ガスを用いた水素化と異なり,抵抗が顕著に減少する様子が観測された.エネルギーを持った水素イオンが準安定な水素化物を形成したと期待される.この試料を昇温したところ,400Kにかけて徐々に抵抗が元の値に回復することがわかった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Pd薄膜試料作製について,当初は電子ビーム蒸発法での作製を行った.その後,他大学のグループの支援を受け,スパッタ法での薄膜作製も行うことが可能になり,種々の基板,膜厚,成膜方法の違いを検討することが可能になっている.薄膜試料の電気伝導を真空中でその場測定する必要がある.4端子の電極の取り方および試料温度の測定について,種々の方法を検討し,比較的再現性よい電極配置および安定的な温度測定が可能となった. 作製したPd薄膜の水素化方法として,水素分子曝露,水素原子曝露,水素イオン照射,の3種類を行った.水素分子曝露では,Pd表面で水素が解離吸着した後,内部に拡散するため表面状態に敏感である.特に低温での水素化の際には,真空中の残留ガスである水と一酸化炭素が吸着子,水素の解離を阻害することが判明し,水素化法としては適さないことがわかった.高温のタングステンフィラメントによる水素原子曝露は,上記のような表面状態に依存せず,比較的再現性良く水素化を行うことが可能であった.水素イオン照射の場合,イオンによる薄膜のダメージが懸念される.TRIMによるシミュレーションを併用し,薄膜へのダメージを評価したところ,エネルギーが500eV以下では,ダメージの効果が小さいことが判明した.本研究では,主に水素原子曝露とイオン照射法を適用することとした. これらの実験準備を経て,水素原子曝露およびイオン照射による水素化による電気伝導度変化を再現性良く測定することが可能になった.前者では,熱平衡の水素化物形成,後者では準安定な水素化物形成を発見した.またナノサイズのPd島を形成することで擬似的なマイクロ4端子伝導測定が可能になったのは予想外の成果である.
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今後の研究の推進方策 |
今年の課題は,種々の基板上に作製した膜厚の異なるPd薄膜について,水素原子曝露による熱平衡水素化と水素イオン照射による準安定水素化,の2つの方法で水素化物を形成し,そのときの伝導特性を明らかにすることである.基板の違いによる結晶性,格子ひずみ効果,膜厚の違いによるサイズ効果・表面効果,平衡・非平衡水素化による構造効果を解明するのが主眼である.特に非平衡水素化では,従来にない異常な抵抗減少が観測されており,その物理機構がいまだ大きな謎である.試料条件と異常抵抗減少との相関を調べることで物理機構解明を行う.そのためには,水素化物の構造を明らかにすることが肝要である.そこで,共鳴核反応法を用いた解析を進める. 共鳴核反応法は,水素と窒素同位体との共鳴核反応を利用し,水素を深さ分解定量する手法である.前年度に開発した水素化法を核反応用ビームラインにも整備した.これらの手法を用いて,種々のPd薄膜水素化物の水素量定量を行う.従来から,水素量(H/Pd)が1以上の状態が実現すると,異常物性が発現する可能性が指摘されている.水素化手法の違いによる水素量の違い,そのときの伝導特性を詳細に調べる.また高速イオンのチャネリング特性を利用すると,水素の格子間における位置を同定することが可能である.チャネリング測定のためには,ビームの試料に対する入射角度を精密に制御する必要があるため,そのためのマニピュレータの準備を行う. 以上の実験に加え,理論的な解析も併用することで,Pd薄膜水素化物の伝導物性と構造との相関を明らかにする.
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次年度使用額が生じた理由 |
当初3月に予定していた実験が,真空装置のトラブルにより1か月遅れ4月に行うこととなった.このため実験に予定していた冷媒・真空用ガスケットなどの費用を次年度に持ち越す必要が生じた.
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