パラジウム水素化物のバルクにおいて,水素は8面体配位位置を占有する.近年,水素化物の表面近傍では水素が4面体配位位置を取ることが示唆され,このような準安定構造と超伝導や比熱異常などの物性との相関が議論されつつある.本研究では,エネルギー可変水素ビームを用いることで,準安定表面水素化物相を作製し,その伝導特性を観測する.共鳴核反応法を用いて水素量を定量しさらに格子間における水素位置を同定することで,伝導特性との相関を解明し,水素のダイナミクスを明らかにすることを目指している.本年度は,前年度に開発した低エネルギーイオン照射法を用いて,パラジウム薄膜の準安定水素化物を作製した.電気抵抗を測定したところ,準安定水素化物は熱平衡の水素化物に比較して大きな抵抗を示すことがわかった.さらに電気抵抗の温度依存性を測定したところ,試料温度がおよそ100Kと170Kで,抵抗が大きく減少することを見出した.熱脱離スペクトルと対比させることで,前者は準安定水素化物が安定の水素化物に変化することで,後者は水素化物が崩壊し水素を放出することで生じることを明らかにした.準安定水素化物が安定の水素化物に変化する速度の温度依存性を測定したところ,およそ30K程度以上では熱活性化過程により,30K以下ではトンネル過程で緩和が生じることを見出した.この時の水素量を核反応法で定量したところ,H/Pdがおよそ1程度で飽和することを明らかにした.また電気抵抗の詳細な温度依存性を測定したところ,熱平衡の水素化物では50K近傍における"50K異常“が観測されるのに対して,準安定水素化物では"50K異常“が観測されないことを見出した.準安定水素化物の候補として,水素が四面体位置を占める構造が考えら,このとき電気抵抗が上昇すると考えられる.
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