グラフェンからの電界放出顕微鏡(FEM)像が,エッジに局在するπ電子の軌道を反映したパターン(“リップ”パターン)を示す事から,理論的に予想されているジグザグ端における電子スピンのスピン偏極を電界放出法により検証する研究を実施した。 グラフェンからの放出電子のスピン偏極の測定は,スピンの向きをマニピュレートする電場・磁場重畳型スピン回転器とMott検出器が搭載された電界放出電子スピン偏極度測定装置により行なった。グラフェン電界放出エミッタとしては,タングステン針先端に電気泳動法によって接着した酸化グラフェンを用いた。 リップパターンを示すグラフェンエミッタに対して,室温および低温(45K)において電界放出電子のスピン偏極度を測定した。得られたスピン偏極度は,室温において57.0%,低温において66.5%であり,低温においてスピン偏極度の若干の増加がみられた。これは,スピンの熱的ゆらぎの抑制に起因すると推察される。また,測定時間10分間の放出電子がスピン偏極していることから,酸化グラフェンのエッジ部はスピン偏極していることが実証された。 また,120分間にわたるスピン偏極度の経時変化では,偏極度の高い状態と低い状態を行き来し,2つの状態があるように見えた。この原因を明らかにするため,電流電圧特性とスピン偏極度の間の関係を調べたところ,偏極度が低下した条件では,より低い電圧から電子放出が生じていたことから,偏極度の増減の要因として,残留ガスのグラフェンエッジへの吸着・脱離が考えられる。本研究で用いたスピン測定装置は超高真空であるため,残留ガスの主成分は水素である。理論研究においても,水素終端したグラフェンエッジでは,磁化が1μB減少して0.3μBとなることが報告されている。本研究での偏極度の増減も,グラフェンのエッジへの水素の吸着・脱離に起因する事が示唆される。
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