研究課題/領域番号 |
17K19095
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
山崎 優一 東北大学, 多元物質科学研究所, 助教 (00533465)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 分子配向 / 分子軌道 / 波動関数 / 時間分解分光 / 電子分光 / コンプトン散乱 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、分子の諸性質を支配する電子の「運動」の様子を、分子座標系において直接可視化する新規分光法の実現である。この目的のため、研究代表者らが開発した時間分解電子運動量分光技術を、レーザーで配向制御された分子を対象とする「レーザー誘起配向分子の電子運動量分光」へと展開し、分子軌道の三次元的立体形状を運動量空間において観察する手法として開発・確立することを試みる。これにより、分子の立体効果・配向効果を電子運動のレベルで理解することに挑み、さらには、反応素過程の化学動力学から有機・高分子材料化学分野まで多岐にわたる物理化学に資する、「立体電子運動効果」の基礎的概念の構築を試みる。 昨年度までに、ポンプレーザーおよびプローブ電子線両者の強度を改善し、それに比例して時間分解電子運動量分光の信号強度が増加することを実証した。この成果を受けて本年度は、レーザー配向分子の電子散乱分光の予備的実験として、短パルス電子線を用いた原子運動量分光装置の立ち上げを行った。原子運動量分光は、高速電子の準弾性後方散乱を利用して分子内原子の運動量分布を調べる手法であり、電子線コンプトン散乱の運動学的完全実験である電子運動量分光に比べて信号強度が強いので、レーザーで配向制御した分子の電子散乱信号を検出する目的に利用した。原子運動量分光装置は既存のものを転用し、そこにチタンサファイアフェムト秒レーザーの三倍波(267 nm)を励起源とするフォトカソード型パルス電子線源を実装し、性能評価実験を行った。その結果、従来の熱電子銃による電子線強度を約5桁も下回ってもなお、パルス電子線による原子運動量分光の信号を得ることに成功した。それと並行して、希ガスならびに二原子分子を対象とした一連の原子運動量分光実験を行い、二原子分子の分子振動による原子運動量分布を実験的に抽出できることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で実現を目指すレーザー誘起配向分子の電子運動量分光は、研究代表者らが現有する時間分解電子運動量分光装置を転用して行う。すなわち、超音速分子線に120フェムト秒幅のレーザーパルスを照射して標的分子を非断熱的に配向させ、標的分子の回転周期(数ピコ秒~数十ピコ秒)に同期させて1ピコ秒幅の電子線パルスを入射し、レーザー電場のない条件下において、配向分子の運動量空間における分子軌道形状を観測する。目的とする信号強度を得るためには、従来のポンプレーザー(直径2 mm)を直径0.5 mm以下にまで集光し、さらに、±35ピコ秒の時間分解能を桁違いに改善しなければならず、現状の信号強度を大幅に改善する必要がある。本年度は、電子運動量分光よりも信号強度が強い、原子運動量分光を利用した予備的実験を開始した。その結果、原子運動量分光を用いれば分子内原子の分子振動に起因した運動量分布を実験的に抽出できること、従来の熱電子銃とくらべて約5桁も弱い電子線強度を用いてもなお、短パルス電子線による原子運動量分光が実現可能であることを実証し、時間分解電子散乱分光に対する大きな成果を得た。このことは、当初計画していたクーロン爆発による配向度の評価法に替えて、原子運動量分光による分子内原子運動量分布を利用できることを強く示唆しており、本研究課題の進捗としては、おおむね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
今後は主に、時間分解電子運動量分光の時間分解能の改善を進める。ポンプレーザーとプローブ電子線の速度不整合に起因した時間分解能の大幅な劣化を防ぐため、プローブ電子線の速度や相互作用体積の大きさを系統的に変化させた予備実験を行い、それら支配因子が時間分解能に及ぼす影響を調べる。一方で、ポンプレーザーのパルス波面を進行方向に対して傾けることで、分子線中の標的分子の位置によらず、常に同じタイミングでポンプレーザーパルスとプローブ電子パルスを照射させる、パルス面傾斜法による分解能改善も並行して試みる。これら予備実験にはまず、平成30年度と同様に、より信号強度が強いと期待される原子運動量分光を利用する予定である。 上述の時間分解能の改善と並行して、電子の空間的な分布と運動量分布の関係性を電子運動量分光により実験的に解明するため、準安定励起原子の電子運動量分光の開発を進める。そのために、現状の漏れ出し分子線に代替する、本分光に特化した形の放電型励起原子線源の設計・試作を行い、現有の時間分解電子運動量分光に実装し、予備実験を行う。 これらの予備実験の成果を得て最終的にレーザー誘起配向分子の電子運動量分光に挑戦する。標的としてまずは回転周期の比較的長い、ヨウ素分子を対象として取り上げ、分子の配向度測定および配向分子の電子運動量密度分布に対する実験結果と、それに対応する理論計算結果との比較を行い、本研究の基礎を築く。信号強度が予想以上に弱い場合は、レーザーの周期5 kHzを1 kHzに改造して5倍の出力を得て、相互作用領域の拡大を図るなどして、理論計算との比較が行える統計の良いデータの取得を試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の研究計画にある、時間分解電子運動量分光の時間分解能の改善を行うためにまず、より信号の捉えやすい電子準弾性後方散乱を利用した原子運動量分光の時間分解計測化を優先して進めた。こうした研究計画の修正に伴い、平成30年度の使用額を変更した。本研究は、研究代表者らが現有する原子運動量分光装置ならびにフェムト秒レーザーシステムを転用して行うものであり、その結果、研究経費で主要なものは光学系およびフォトカソード型パルス電子線源の二つの消耗品費である。次年度は主に、フェムト秒レーザーポンプ・ピコ秒パルス電子線プローブ分光の時間分解能の改善および励起原子の電子運動量分光の開発を進める予定である。そのため今年度の未使用分および次年度の助成金を合わせたものを主に、光学部品(回折格子、シリンドリカル型集光レンズ、ハイパワー用光学ミラー、球面ミラー、およびホルダー等)や時間分解能を評価するための真空内実験設備、および放電型準安定励起原子線源の整備・製作費に充てる。
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