本研究の目的は、リチウムイオン電池の充放電機構を理解するために、電極中のリチウムイオンの拡散機構を明らかにすることである。これまでに報告されてきた、様々な電気化学的手法に含まれる不確かさの原因を明らかにするために、本研究ではトレーサーを用いたリチウムイオンのトレーサー拡散係数(D*)測定を行った。二次イオン質量分析法(SIMS)とステップイオン交換を用いて、LixMn2O4 (0.2 < x < 1.0)薄膜の拡散係数の組成依存性を測定した。定比組成近傍で拡散係数は4桁の増加を示し、孤立した空孔による空孔拡散機構を示した。定比組成LiMn2O4の結晶構造中で、Liは8aサイトを完全に占有しており、空サイトは存在しない。そのため、定比組成では拡散係数が極めて小さい。リチウムイオンを脱離すると、8aサイトに空孔が出来るため、拡散係数が大幅に上昇する。0.4 < x < 0.6の範囲では、拡散係数はわずかに減少し、リチウムイオンの秩序化を示した。さらに、本年度はステップイオン交換法を温度可変で行うことにより拡散係数の温度依存性と活性化エネルギーを測定した。活性化エネルギーは0.5±0.1eVの範囲であった。電気化学的手法で測定した化学拡散係数は、熱力学的因子による補正に加えて、リチウムイオン間の相互作用による集団移動によりトレーサー拡散係数より数桁大きくなる。化学拡散測定には拡散支配の仮定が必要であり、これが不確かさの原因となっていることが明らかになった。トレーサー法による直接拡散測定は、リチウムイオン電池の電極材料におけるLiの拡散メカニズムを理解する上で重要な手法であり、今後の発展が期待される。
|