研究課題/領域番号 |
17K19137
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
森 勝伸 高知大学, 教育研究部総合科学系複合領域科学部門, 教授 (70400786)
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研究分担者 |
大平 慎一 熊本大学, 大学院先端科学研究部(理), 准教授 (60547826)
須郷 由美 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 高崎量子応用研究所 放射線生物応用研究部, 上席研究員(定常) (90354836)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 放射線医療 / 電気化学 / 分離 / 精製 |
研究実績の概要 |
金属単体に放射線を照射して得られる放射性同位体を,ポジトロン断層撮影法(PET)に用いる診断薬剤の合成へとつなぐプロセスの中で,酸の置換はひとつの大きな課題である。現状,金属単体の溶解に使用する高濃度の塩酸や硝酸は蒸発乾固により気化し,できる限り除去した後,合成に適した酸に再溶解することで合成プロセスへと移行している。加熱による蒸発乾固は,放射性同位体のロスを考えると強熱による迅速化は困難であり,迅速化のためには高効率な酸置換プロセスが求められている。 本研究では,従来法にはなかった電気化学手法とグリーンケミカルなアプローチを用いる放射性同位体の銅の分離,精製,薬剤合成を連動した装置を開発することで上述の問題を解決に導く。本研究では12.7時間と適度な半減期を有する64Cuをターゲットに,酸の溶離剤と電解電位の差を利用し原料(64Ni)から生成物(64Cu)の分離を可能にする手法と高純度な標識薬剤を迅速にオンサイト調製する手法を連動させたプラットホームの開発を行う。具体的には,64Cuの選択的分離・精製および標識薬剤合成を担うシームレス(つなぎ目なし)な電解―電気透析型薬剤合成装置を構築し,非加熱,迅速,高効率かつ高純度な64Cu標識薬剤の獲得法を確立する. 29年度では上記目的の基盤となる成果を得るため,64Niプレート調製法の検討,電解セルにおけるCu(II)選択的溶出条件の最適化,EDSの設計・試作,64Cu精製条件の探索,メンテナンス性・耐久性の向上,RI用試作機の製作を中心に研究を進めた。その成果の詳細は【現在までの進捗状況】にて報告する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
【64Cuの製造分離試験】サイクロトロンから生じる陽子ビームを64Niターゲットに照射し,64Ni (p,n) 64Cu 反応により64Cu を製造した。照射後のターゲットを溶解した塩酸水溶液を用いて,29年度に最適化した分離精製条件で電解セルによる64Cuの選択的分離,およびEDSによる64Cuの濃縮精製を試みる。 【電解セルにおける銅の選択的溶出】安定同位体であるNi(Ⅱ)とCu(Ⅱ)を溶解した水溶液を電解セルに導入し,電着電位を変化させたときに得られる電解セル内へのCu(Ⅱ)の選択的吸着と電解セルからの脱着について検討した。電解セルに導入する溶離剤は塩よりも酸が適しており,-0.3 Vから-0.8 Vまでを印加することでほぼ定量的にCu(Ⅱ)を選択的に吸着することができた。また,電解セルへの電圧の印加を止め,酸溶離剤によって電解セルからCu(Ⅱ)を脱着することができた。当初,Ni(Ⅱ)とCu(Ⅱ)を塗布した金板を陽極にした電解セルの利用は,装置構築に予想以上の時間を要し,Cu(Ⅱ)の分離・回収実験は来年度とする。 【放射性同位体銅の精製条件の探索】放射性同位体64Cuの溶解に用いられる塩酸を後段の合成過程へ用いやすい酸へと置換する手法を検討した。銅イオンを含む塩酸溶液を電場と膜透過により硝酸,硫酸や酢酸中に抽出することに成功した。条件の最適化により90%以上の効率で銅イオンを抽出できた。また,もともと銅イオンが溶けていた塩酸は1%以下の抽出効率であり,酢酸などの目的とする酸への効率的な置換が達成された。しかし,目的とする酸の濃度が想定の10倍以上に上昇する現象が見られた。合成に供する酸濃度の制御が今後の課題である。 【総括】29年度は一部計画を達成することができなかったが,いずれも30年度上旬までには実施可能である。また,特許出願もできた。
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今後の研究の推進方策 |
【放射線に対する装置の耐性評価】29年度に構築した装置の放射線に対する耐性を,須郷が所属する量子研機構にて今年5月下旬に実施し,これまでのプロセスを見直す。 【ラジアルフロー型電解セルの構築】電解セルは電極の形状・種類,溶離剤を流す方法,サイズ等,目的に応じて自由に変更できる。30年度では,より効率的に目的のCuを回収するため,Ni(Ⅱ)とCu(Ⅱ)を塗布した金属板を電極とした電解セルを改めて構築し,その性能を評価する。電解セルの形状としては,電極として用いる金属イオンを塗布した金属板に溶離剤が表面全体に行き渡るようにするため,セル内で放射状の流れを発生させることができるラジアルフロー型の電解セルを構築する。設計は29年度の段階で終了しており,現在,試作機の作製を進めているところである。実験項目としては,電圧を印加しながら電極としている金属板からのCuの溶離,回収を行う。このときの条件は,29年度に得られたデータを基に設定する。次に,薬剤合成装置との連結を試み,分離,精製,合成までの一連の流れの中でCuの挙動を追跡していく。可能であれば,年度下旬に本装置を用いて放射性同位体Cuをトレースしたい。 【薬剤合成へのアプローチ】合成プロセスに適した酸への置換については,今年度課題となった酸の濃度制御に取り組む。酸濃度上昇の原因として,抽出過程において,電極アイソレータ溶液に用いている酸が抽出・濃縮されている可能性が高い。そこで,電極アイソレータ溶液の組成を最適化することで,銅イオン抽出溶液における酸濃度を合成プロセスに適したものに制御する。また,金属単体の溶解に用いられる高濃度の酸からの抽出特性の向上を検討していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
森は所属機関の異動と研究打合せ等に伴う研究設備を整えるために必要な物品費及び旅費にあてるため使用額を決定した。2年目以降、装置開発に関わる物品費、共同研究者の所属する施設にて放射線を利用した実験を継続するための旅費が新たに必要なため次年度の使用額に追加した。 須郷は29年度に開発し使用する予定であった金板(Ni塩を塗布する金属板)が、装置の開発が遅れたため購入を見合わせた。繰り越した残額は30年度の使用額とともに金板の購入並びに放射性同位体専用の電解装置の購入に計上する。 大平は29年度に開発し使用する予定であったラジアルフロー電解セルの開発が遅れ、そのために必要だった周辺の消耗品の購入を見合わせた。繰り越した残額は30年度の使用額とともに購入を見合わせた消耗品と、高崎にある量研機構での放射能を扱った試験に立ち会うための旅費に計上する。
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