研究課題
熱帯病の流行地域にある発展途上国などにおいて、治療薬や治療法がないにも関わらず、医薬品開発のための投資が進まない病気が「顧みられない熱帯病」と呼ばれる。本研究では、原虫の免疫回避システムに必須な分子をターゲットとして、これを阻害する化合物を創製し、さらにはこの化合物に抗体をリクルートする分子を結合させた複合分子標的薬を合成する。この複合分子標的薬を用いて、生育の阻害と、抗体や免疫細胞による殺原虫作用の誘導、ならびに効果的な免疫応答の誘導を行うという新規な療法を開発する。本研究では、ヒト体内に大量に存在する自然抗体を利用して、T. cruziに強力な免疫応答反応を引き起こすことにより、T. cruziを排除する新しい免疫療法の開発を目指す。自然抗体としては、異種動物に発現しているα-galエピトープと呼ばれる糖鎖を抗原とする抗α-Gal抗体を選ぶ。α-galエピトープは、多くの哺乳類で広く発現しているものの、ヒトはこの糖鎖構造を持たない。その代わりにヒトは大量の抗α-Gal抗体を持ち、抗α-Gal抗体とα-galエピトープの免疫反応に起因する超急性拒絶反応を引き起こす。ここでは、T. cruziと結合する分子とα-galエピトープを複合化し、原虫に対して、超急性拒絶反応を引き起こすことによりT. cruziを排除するという新しい抗T. cruzi療法の開発を目指す。まずはモデルとしてインフルエンザウイルスをターゲットとした.インフルエンザウイルスはウイルス上に発現するヘマグルチニンによりシアル酸を認識し,ヒトの細胞に感染する.本研究では,既に我々が見出しているインフルエンザに結合するシアル酸含有3糖を用いてデンドリマー化することで,より強力にインフルエンザウイル氏に結合する分子を合成した.また,α-galを化学合成し,これが超急性拒絶反応を誘導できることも確認した.
2: おおむね順調に進展している
シャーガス病は、トリパノソーマ・クルージ (Trypanosoma cruzi)の引き起こす感染症である。リンパ節腫腸、肝脾腫を引き起こし、一部の患者は急性心筋炎、髄膜脳炎で死亡する。感染者の約25%が慢性期症状(慢性心筋炎、心肥大、不整脈、食道拡張、巨大結腸など)を発症する(数年~数十年後)。T. cruziの駆虫薬にはニフルチモックスとベンズニダゾールの2種類がある。しかし、急性期のみにしか効力を発揮しないこと、副作用の発生頻度が高いことなどから、シャーガス病治療のための新薬の開発が強く必要とされている。シャーガス病はいわゆる「顧みられない熱帯病」の一つである。「顧みられない熱帯病」の中には、シャーガス病の他にも、アフリカ睡眠病、リーシュマニア症などの原虫が引き起こす病気が知られている。これらの原虫は、宿主の免疫系を回避する機構を有するために、ワクチン開発が進まず、効果的な医薬品の開発も進んでいない状況である。そこで本研究では、免疫回避を克服する複合分子標的薬として、α-galエピトープとトランスシアリダーゼ阻害剤からなる糖鎖複合体などを開発することを目的とする。本年は本手法のプルーフオブコンセプトを検証するためにまずインフルエンザウイルスをターゲットとした.我々はすでにインフルエンザウイルスに結合する3糖構造を報告している.そこで,この3糖構造をデンドリマー化することで強力にインフルエンザウイルスに結合する分子を調製した.加えて,α-galを用いた超急性拒絶反応の誘導が可能であるかを検証した.まず大量のα-galが必要であると考え,化学合成によるα-galの供給法を確立した.さらに,これをがん細胞を標的とする抗体と複合化することでがん細胞の細胞死を誘導できることを示した.これにより,合成α-galを用いた超急性拒絶反応の誘導が可能であることが明確に示された.
これまでに合成した分子を用いてインフルエンザウイルスに対して超急性拒絶反応を誘導できることを示す.すなわち,これまでに合成したインフルエンザウイルスに対して結合するシアル酸含有糖鎖デンドリマーとα-galを複合化し,この分子が抗インフルエンザ活性を持つことを示す.十分に抗インフルエンザ活性が見られない場合にはα-galも複合化することでより強力な免疫反応誘導分子を合成する.更に,原虫を標的として本方法論を拡張する.T. cruziは、宿主の免疫系から逃れるために、トランスシアリダーゼを発現している。トランスシアリダーゼは、トリパノソーマ科原虫に存在するシアル酸転移酵素であり、複合糖質中のα2,3結合したシアル酸を切断して別の糖鎖の末端ガラクトースに転移させる。そこで、トランスシアリダーゼの阻害剤をT. cruziの標識分子として用い、これにα-galエピトープを結合させた複合分子標的薬を合成する。この複合分子を用いてT. cruziをα-galエピトープで特異的に標識することにより、抗α-Gal抗体がT. cruziにリクルートされるので、補体依存性細胞傷害(complement-dependent cytotoxicity: CDC)ならびに抗体依存性細胞傷害(Antibody-Dependent-Cellular-Cytotoxicity: ADCC)惹起し、免疫回避を不能とすることによりT. cruziを殺傷する手法を開発する。本手法ではα-galエピトープのアジュバント作用を利用した、免疫活性化も期待できる。すなわち、α-galを抗原に化学的に結合させることにより、抗原の抗原提示細胞への取り込みを促進し、抗体の産生を促す。またα-galエピトープのCD8+ T cell活性化によるT. cruzi に対する防御の活性化も期待される。
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