最近、筆者らは、翻訳の光トリガーとなるケージドaa-tRNAという化合物を作り、これを用いて翻訳を光で制御する方法を開発した。ただし、これまでは、本手法による翻訳の光制御をin vitro及び培養細胞内で示しただけで、実際に生命科学の課題解決に応用はしていない。そこで、本研究では、ケージドaa-tRNAによる翻訳の光制御法を、哺乳動物の初期発生の研究に応用しようと考えた。動物の発生過程には、必要なタイミングで局所的に合成されるタンパク質が多数関わっていると考えられる。その役割を解明するためには、そのタンパク質の発現を時空間的に制御する方法が有効である。 H30年度は、ケージドaa-tRNAによる胚の細胞内における翻訳の誘導を試みた。アンバーコドンをもつmOrange2 mRNA、および、DEACMケージドaa-tRNAを合成し、PAGEおよび吸収スペクトルにより合成物を確認した。このmRNAとケージドaa-tRNAをマウス受精卵や2細胞期胚にマイクロインジェクションにより導入し、光照射時のmOrange2の合成を観察した。光照射なしの場合と比べると光照射時にmOrange2の合成がより強く見られた。さらに、卵成熟過程から受精後にかけてのミトコンドリア数の上昇とその後の発生に関わると考えられているPGC-1αタンパク質に着目し、その光依存的な合成を目指して準備を行った。これが可能になれば発生におけるPGC-1αの時空間特異的役割の解明につながる。PGC-1αのcDNAを入手して転写合成によりmRNAの作製を行った。アンバーコドンを含む変異体mRNAも作製した。しかしながら、野生型のPGC-1αですら非常に合成効率が低かった。そこで今後は、同様に受精卵や初期胚の発生に関わる他のタンパク質に切り替えて、光依存的な合成を試みようとしている。
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