研究課題
本研究は、細胞内環境という生体分子が混み合った環境においても、蛋白質ダイナミクスを測定・解析できる手法の開発を目的としている。研究代表者はこれまで、X線溶液散乱(SAXS)や原子間力顕微鏡(AFM)といった構造解析実験と、全原子分子動力学(MD)シミュレーションを組み合わせた手法(MD-SAXS法)を開発し、溶液中における柔らかい蛋白質構造を可視化してきた。そこで、ラベルした目的生体分子の構造のみを選択的に計測する中性子溶液散乱法 (SANS)と、目的分子と分子クラウディング環境の情報を原子分解能で取得するMD計算とを組み合わせることを目指している。昨年度は、SANS・SAXSとMDシミュレーションを組み合わせたMD-SANXS法を開発し、さらに複数走らせたMD計算を計算目的に沿った評価基準によって選択していくカスケード法と組み合わせることで、実験データを説明できる単一構造を再現する手法を実装した。しかしながら、実際の溶液中において、大半の生体分子は構造揺らぎによる構造アンサンブルを形成するため、ベイズ統計による機械学習を取り入れたMD手法のアルゴリズムを開発した。現在、この手法を実装し、その実用性を調べている段階である。もう一つの研究実績は、低温電子顕微鏡法(cryoEM)によって高解像度にて得られた溶液中の生体分子構造をリファレンスとして、MDシミュレーションにおいて用いるポテンシャル関数のパラメータ(力場セット)の信頼性評価を行う手法を開発した。本研究実績は、本研究課題と直接的には関係が無いものの、その遂行には必須なMDシミュレーションの信頼性を評価したものであり、基礎として重要な研究である。その結果、AMBER ff15FB力場が最も良くcryoEMデータを再現し、対してCHARMM系の力場は再現性が低いことが明らかになった。
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