研究課題/領域番号 |
17K19221
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研究機関 | 東京農工大学 |
研究代表者 |
岡田 洋平 東京農工大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (80749268)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | レドックス応答型色素 / 核酸脱メチル化 |
研究実績の概要 |
現在の先進国における深刻な健康被害の一つは,肥満によってもたらされる.人類はその進化の歴史において飢餓に耐えるためのシステムを備えているものの,栄養過多に対抗する術は極めて限られている.その結果,血糖値を下げるためのホルモンはインスリンただ一つしか存在していない.現在では肥満に関連する遺伝子が存在することが知られており,Fat mass and obesity-associated(FTO)遺伝子はその名の通り肥満に関連する遺伝子である.FTO 遺伝子がコードしているFTO 酵素の機能解明は肥満薬の開発に繋がることが期待されるため,世界中の研究者から大きな注目を集めてきた.現在では,FTO酵素がDNA やRNA 中のメチルアデノシンを基質とする脱メチル化反応を触媒することが明らかとなっている.しかしながら,このような脱メチル化反応がなぜ肥満に関連しているのかは,依然として不明のままである.酵素の活性や発現部位,作用機構などの研究を推進するためには,天然の基質を模倣して設計・合成された合成プローブを利用することが極めて有効である.特に,対象とする酵素の作用を受けて蛍光を発する蛍光プローブは酵素の研究における強力なツールとなるため,これまでに様々なものが開発されてきた.このような学術的背景を踏まえ,本研究ではFTO 酵素の脱メチル化反応を蛍光検出可能な化学プローブの設計・合成に取り組んでいる.1年目となった平成29年度には,リボース骨格のアノマー位に反応点となる官能基を選択的に取り入れる手法の開発を実施した.この反応点の導入では,天然型の核酸に合わせてβ選択的な反応が求められる.特に反応点として有用なアルキンを導入する反応において,様々な保護基や導入法を検討した結果,β選択的かつ高収率に目的とする反応を進めることに成功した.これを足掛かりとして後続反応を検討する.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
一般的な蛍光プローブは蛍光を担う色素と,これを消光させるクエンチャーとの組み合わせによって設計されている.酵素反応によってクエンチャーの消光機能が阻害されることで,蛍光色素が有する本来の発光特性が回復する.この目的において,これまでの研究で効果的なクエンチャーと色素の組み合わせが広く探索されており,当該研究領域において大きな成果を挙げている.しかしながら,FTO 酵素が触媒する脱メチル化反応では基質の構造変化をほとんど伴わないため,このような従来の設計指針に基づく蛍光プローブの合成は事実上不可能である.すなわち,脱メチル化反応によって化学プローブからクエンチャーを切断させるようなことはできない.したがって,特にこのような酵素反応をターゲットとして蛍光性の化学プローブを開発しようとした場合,従来の分子設計指針とは全く異なるアプローチが求められる.研究代表者は核酸の脱メチル化が酸化的に進行していることに着目し,クエンチャーを切り取らなくともレドックス反応に応答して特異な発光を示すことができれば,当該酵素に対するプローブが開発できるのではないかと考え,その設計・合成に着手している.これまでの研究から,機能性を有するユニットを核酸のアノマー位,すなわち本来核塩基が導入される部位に取り入れることが有効であることが見出されており,研究代表者もこの手法を採用した.しかしながら,望みの機能を有する核塩基アナログが合成できたとしても,リボース骨格への導入は試行錯誤を伴うことが広く知られている.そこで本研究では,核塩基アナログを合成してから取り付けるのではなく,効率的に導入可能な反応点を予めリボース骨格へと取り付け,そこで望みの構造を組み立てる戦略を採った.すでに反応点として有用なアルキン構造を立体選択的に導入する手法を確立している.
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今後の研究の推進方策 |
DNAおよびRNAを模した化学プローブは,今後ますます重要となっていくと目されている.これらの化学プローブは可能な限り生体分子の構造を維持したまま,望みの機能性を付与することが望ましい.例えば現状の蛍光プローブの代表例としてGFPがあり,言うまでもなくGFPは生命科学研究において卓越した成果を挙げているものの,これは巨大なタンパクである.相対的に小さな分子,すなわち低分子やペプチド,オリゴヌクレオチドなどの標識においては,GFPでは大きすぎることが課題となる.そこで低分子で高度に発光する分子の開発が求められているが,蛍光分子の設計に広く一般的な共役系を伸ばすという戦略を用いることで分子の溶解性が著しく落ちてしまう.加えて生化学研究にとって重要な水溶性は,ほとんど得られない.研究代表者は,これまでの研究において低分子量かつ十分な水溶性を維持しながら,高度に発光する分子群を見出している.これらの化合物ではプッシュ-プルと呼ばれる分子設計指針が採られているため,共役系を必要以上に伸ばさずとも効率的に吸収波長と発光波長をコントロールすることが可能である.1年目となった平成29年度にまずは反応の基点として有用なアルキンをリボース骨格に取り付けることに成功しているので,2年目となる平成30年度にはこのアルキンを活かした反応開発に取り組む.特に研究代表者のこれまでの研究から,低分子にも関わらず高度に発光する構造の設計指針が明らかになっているので,この指針に基づいて効率的に発光部位を組み立てることを目指す.この目的のために,研究代表者がこれまでに研究開発を推進してきた分子間における付加環化反応を応用する.この手法では,本来反応性に乏しいアルキンやアルケンを一段階で複雑な環骨格へと組み込むことが可能となる.最短ルートでの蛍光部位構築を目指す.
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次年度使用額が生じた理由 |
1年目となった平成29年度には,まずリボース骨格へ後続反応の基点となるアルキン構造を導入する検討を行った.導入したアルキンを基軸とする付加環化反応によって,リボース骨格上において目的とする機能を有する核塩基アナログを構築する予定である.1年目に取り組んだアルキン構造の導入においては,反応条件の僅かな違いが合成結果に与える影響が大きいことが見出された.特に用いる保護基の違いは炭素数が一つ変わるだけでもその反応性に有意な差が見られることが明らかとなった.このような実験結果を踏まえ,研究全体をより効率的に進めるためには,1年目には大スケールでの合成を実施するよりも小スケールで反応条件を最適化することが得策と考え,各種合成反応を実施した.そのため,当初の想定よりも原料となる試薬類や分離精製に用いる溶媒の使用量が抑えられ,物品費の削減に繋がった.加えて,当初購入を予定していた試薬類には海外メーカーでしか取り扱いがないものが含まれており,これを輸入することを見越した物品費を計上していた.しかし本研究に着手した後,これらの化合物が日本の代理店で販売されるようになり,大幅に安価に購入できるようになった.そのため,当初予定した物品費を下回ることとなった.このため,2年目となる平成30年度にはより大きなスケールで高価な遷移金属触媒などを検討することも可能であり,研究の大きな進捗が期待できる.
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