本研究の目的は、昆虫の行動は植物ステロイドホルモンを介した記憶増強によって植物側からも操作されている、という大胆な仮説を検証するものである。従来、昆虫の訪花行動では、昆虫が自由意思によって好みの花を訪れることが前提条件として考えられてきた。そのうえで、植物は昆虫の好みの蜜や匂いを用意することで花粉の運搬を昆虫に依存し、時には共進化をするという、両者の関係が考えられてきた。しかし、本研究者の研究より、植物が合成するステロイドホルモンが昆虫の行動を制御している可能性を見出してきた。これは従来考えられてきた植物が昆虫に従属する関係とは逆に、植物が昆虫の行動を操作する機構を進化的に獲得してきた可能性を示すものである。本研究は、訪花性昆虫のモデルとしてミツバチの働き蜂を用い、実験室内における学習や行動を測定することで、植物ステロイドホルモンがミツバチの行動に与える影響を調べ、上記の仮説を検討することを目的としている。また植物ステロイドホルモンが昆虫の脳機能に影響を与える現象の分子メカニズムを、ショウジョウバエを用いた遺伝学的解析により明らかにすることも目的としている。 今年度は、ショウジョウバエを用い遺伝子のノックダウン解析や遺伝子発現の解析を行った。その結果、植物ステロイドホルモンを受容する分子及び経路、作用する脳領域をある程度明らかにすることが出来た。本研究によって植物ステロイドホルモンが昆虫の脳において作用する分子神経メカニズムについて、候補となる経路を提唱することが出来るに至った。
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