研究課題/領域番号 |
17K19229
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
中道 範人 名古屋大学, 理学研究科(WPI), 特任准教授 (90513440)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 花成 / 低分子化合物 / 遺伝子発現 |
研究実績の概要 |
本研究は 申請者が新たに発見している長日植物シロイヌナズナの花成ホルモン遺伝子FTの発現を劇的に上昇させ、花成時期を短縮する作用のある新規低分子化合物の解析を軸とした研究を進めることで 植物において重要な生長相転換点である花成制御分子機構の新たな理解とその制御を目指す. またシロイヌナズナと異なる日長感受性を持つ短日植物アサガオにおいてもこの化合物の効果を解析する. 申請者が見いだしている新規化合物は短日条件下 (8時間明/16時間暗)の発芽後13日目のシロイヌナズナ Col-0アクセッション (代表的な実験株で春化経路が不全なライン)に投与するとFT遺伝子の発現を上昇させ, その効果は既知の花成誘導ホルモンとしても知られるジベレリンよりもはるかに大きいものの, 化合物と既知の花成ホルモン誘導シグナルとの関係ははっきりしていない. 既知の花成ホルモン誘導シグナル(光周性, ジベレリン, 春化)と化合物との関係を調べるために, 長日条件下(16時間明/8時間暗)で生育させたシロイヌナズナに化合物を処理し, FT遺伝子の発現を逆転写定量PCRで解析した. 短日条件下で見られた化合物によるFT遺伝子の発現誘導は, 長日条件では観察されなかった. 長日条件ではすでにFT遺伝子の発現レベルが高く, 化合物ではこれ以上の誘導はできないと解釈された. これは化合物の作用が, 長日・短日(光周性反応)に依存していることを暗示していた. そこで光周性反応が低下し, 日長に依存せず常に遅咲きになる変異体に化合物を処理し, FT遺伝子の発現を観察したところ, FT遺伝子発現の誘導性が低下していた. 以上の解析により, この化合物によるFT遺伝子の発現誘導は光周性反応を介するものであることが示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
化合物と既知の花成ホルモン誘導シグナルとの関係は当初は当然のことながら明確にはわかっていなかった. 仮に化合物感受性が変わる環境条件が存在すれば, 化合物と既知の花成ホルモン誘導シグナルの関係が示唆されるだけでなく, 化合物の作用機序の解明へ向けた重要な知見となると期待された. 本年度では, 以上の方針のもと研究を進めた結果, 化合物の処理がほぼキャンセルされる環境条件(長日)を見出すに至った. 化合物の効果は短日条件では十分に認められることが分かっており, これらの知見を統合すると, 化合物の効果にとって日長条件が重要であることが明らかになった. また遺伝子変異によって, 日長に応答して花成誘導することができなくなった株(長日でも短日でも遅咲きになる株)は, 化合物による花成ホルモン遺伝子FTの発現誘導が極度に低下していた. これらのことから化合物の作用機序は光周性反応を介していることが明確になり, 当初の研究計画を十分に達成できたと評価している. また以上の実験結果は非常に明確なものであるため, 次年度以降の化合物の作用機序の真の解明へ向けた基盤的な知見となる. 例えば化合物処理後の網羅的な遺伝子発現解析(RNA-seq法など)で見出される遺伝子群, 化合物に物理的に相互作用する生体分子のスクリーニング(Target Identification)で見出されるタンパク質群、の中でも光周性に関与する既知のものに着目することが重要であるという指針が与えられた.
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究によって, 化合物の作用機序において光周性反応が重要であることが強く示唆された. この知見を基盤とし, 化合物の作用機序の解明へ向けた研究を進める. まず, 化合物が最もよく効果を持つ日長条件(短日)のシロイヌナズナに化合物を処理し, 経時的 (0, 0.5, 1, 2, 4, 12, 24時間後)にRNAをサンプリングし RNA-seq解析を行う. 高速DNAシークエンサー のためのライブラリー調整, 高速シークエンサーの運用, アウトプットされたデータの解析は申請者らが整備した方法で行う (Kamioka et al., TPC 2016). 対照実験として溶媒 (DMSO)を処理した植物でも同様の解析を行い 化合物処理に応答する遺伝子群を明らかにする. 遺伝子発現の挙動を, 化合物処理の経時時間に対応したクラスタリング解析でグループ分けすることで, 化合物処理に対するトランスクリプトームの俯瞰像から標的候補となる遺伝子の着目へと研究段階を進める. 次に例えば早期応答遺伝子群の転写開始点5’上流の領域 (2 kb)に高頻度で現れる既知の転写因子結合配列が存在の可能性を解析し, その結合転写因子などの機能解析へとつなげる. 化合物の作用機序において最も解明すべきかつブレークスルーとなる点は, 化合物の直接的な標的生体分子の同定である. そこで化合物の活性を損なわない構造アナログをアガロースビーズに共有結合させ, このビーズに特異的に相互作用するシロイヌナズナ由来タンパク質を取得し, そのペプチド配列をLC-MS/MS解析によって同定する.
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次年度使用額が生じた理由 |
当初, 本年度は様々な花成ホルモン誘導シグナル(光周性, ジベレリン, 春化)と化合物との関係を調べる予定であった. まず光周性経路と化合物の関係を解析した. 本研究が開始する前から分かっていたことであるが, この化合物を短日条件で育てたシロイヌナズナに1日間処理することで, FT遺伝子の発現誘導が観察できた. 一方で長日条件で育てたシロイヌナズナに対して同様の化合物処理を行ったが, FTの発現誘導は認められなかった. これは長日条件ではFT遺伝子の誘導が既に十分であるため, これ以上の効果を化合物処理によって引き起こせないこと, さらには化合物の効果が日長に依存していることをを示唆していた. この可能性を別の観点から確かめるために, 光周性花成が不全になっている変異体を短日条件で栽培し, 化合物を処理した後にFT遺伝子の発現を解析した. この株では化合物によるFT遺伝子の誘導が観察されなかった. 以上より化合物の花成誘導活性は, 光周性経路を介したものであることが判明した. したがって, 当初予定していた様々な環境シグナルが化合物の作用機序に関わる可能性を確かめる実験を省略した. その分の予算であったものを次年度での研究(化合物の作用機序の物質的な解明)のために使うことが, 本研究全体を遂行し, さらに発展させるために適切だと判断した.
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