研究課題/領域番号 |
17K19288
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
松尾 奈緒子 三重大学, 生物資源学研究科, 講師 (00423012)
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研究分担者 |
松田 陽介 三重大学, 生物資源学研究科, 教授 (30324552)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | Chamaecyparis obtusa / アーバスキュラー菌根菌 / 窒素安定同位体比 / アンモニア態窒素 / 硝酸態窒素 / 抽出可能有機態窒素 |
研究実績の概要 |
森林生態系において樹木は土壌中の有機態窒素やアンモニア態窒素,それが硝化されて生成した硝酸態窒素を細根の表皮細胞もしくは根に共生する菌根菌を介して吸収している。温度や土壌水分などの環境条件が変化すると土壌中の各窒素源の存在比率は変化し,かつ樹木の硝酸還元能力や菌根菌感染率も変化するため,樹木が利用する窒素形態は樹種間や個体間で異なると考えられる。本研究課題の目的は,窒素安定同位体比を用いて我が国の主要植林樹種であるヒノキの窒素吸収におけるアーバスキュラー菌根菌の寄与を推定する手法を開発することである。そのため,一・二年次は菌根菌感染区と非感染区に分けて育成したヒノキ苗の細根の窒素安定同位体比を測定し,育成土壌中のアンモニア態窒素,硝酸態窒素,抽出可能有機態窒素の窒素安定同位体比と比較することで細根の窒素源を推定した。栽培土壌として,一年次は硝酸生成量が比較的多い京都大学桐生水文試験地のヒノキ林土壌を用いたのに対し,二年次は硝酸生成量が比較的少ない京都大学上賀茂試験地のヒノキ林土壌を用いた。二年次の実験結果より,硝酸生成量が少ない土壌で育成したヒノキ苗の細根の主な窒素源は抽出可能有機態窒素とアンモニア態窒素であり,菌根菌感染率が高い個体では細根の窒素源に占める抽出可能有機態窒素の割合が上昇する可能性が示唆された。 また,細根の窒素安定同位体比が窒素吸収源のそれを反映しているという本手法の前提条件を確認するため,トウモロコシをアーバスキュラー菌根菌感染区と非感染区に分けて2段階の窒素施肥条件で栽培し,各器官の窒素安定同位体比を測定することで,植物の窒素吸収の際の同位体分別や植物体内での同位体分布について調べた。その結果より,窒素安定同位体比を用いてアーバスキュラー菌根菌と共生する樹木の窒素源の推定を行う際の条件が明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
樹木の窒素吸収に対するアーバスキュラー菌根菌の寄与を細根および菌根菌糸の窒素安定同位体比を用いて推定するためには,樹木が細根の表皮細胞または菌根菌糸を介して窒素を吸収する際の同位体分別や樹木体内での同位体分布を明らかにする必要がある。二年次はモデル植物としてトウモロコシを種子から菌根菌感染区と非感染区に分けて2段階の窒素施肥条件で栽培し,各器官の窒素安定同位体比を測定することでそれらを調べた。その結果,細根表皮細胞あるいは菌根菌からの窒素吸収の際には大きな同位体分別が起こらないこと,実への窒素配分が大きい場合に同一個体内での器官間の同位体比差が大きくなることがわかった。これより,窒素安定同位体比を用いた樹木の窒素源の推定には,従来用いられることが多かった葉ではなく,細根の窒素安定同位体比を用いるべきであると考えられた。 二年次には京都大学上賀茂試験地のヒノキ林土壌を用いてヒノキ苗を10週間育成した後,細根の窒素安定同位体比を測定し,これを土壌から抽出したアンモニア態窒素,硝酸態窒素,抽出可能有機態窒素の窒素安定同位体比と比較することで細根の窒素源を推定した。また,細根細胞を顕微鏡観察して菌根菌構造物(樹枝状体と菌糸コイル)の存在比率から菌根菌感染率を算出し,細根の窒素源との関係を調べた。その結果,硝酸態窒素量が少ない土壌で育成したヒノキ苗の細根の窒素源は抽出可能有機態窒素とアンモニア態窒素であること,菌根菌感染率が高い個体では細根の窒素源に占める抽出可能有機態窒素の割合が上昇することが示唆された。これにより,硝酸生成量が少ない条件ではヒノキ苗の窒素吸収に対してアーバスキュラー菌根菌が寄与している可能性があると示唆された。 このように,本研究課題の目標に対し,おおむね順調に近づいている。
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今後の研究の推進方策 |
二年次のトウモロコシ栽培実験によって得られたアーバスキュラー菌根菌と共生する植物の窒素吸収の際の同位体分別や植物体内での転流の際の同位体分別についての知見から,土壌中の各窒素源の窒素安定同位体比と比較すべきは従来用いられることの多かった葉ではなく,細根の窒素安定同位体比であることが明らかになった。これに基づき,一年次に実施したヒノキ苗育成実験の結果の再解析を行う。また,一年次の未分析試料である土壌抽出溶液中の無機態・有機態窒素の安定同位体比の分析を行い,一・二年次の実験結果の比較を行う。これにより,窒素条件の異なる森林土壌間でのヒノキ苗の窒素源とそれに対する菌根菌の寄与を比較する。 また,二年次の実験結果より,アーバスキュラー菌根菌が土壌中の抽出可能有機態窒素をヒノキの細根に受け渡している可能性が示唆されたが,抽出可能有機態窒素に占める微生物や植物の利用可能な画分の割合は限定されている。よって,菌根菌は有機態窒素が分解されて生成されたばかりのアンモニア態窒素を細根に受け渡していた可能性が高い。そこで,三年次は京都大学上賀茂試験地のヒノキ林土壌を粒度別に分け,それぞれに吸着している有機態窒素の量と安定同位体比を測定する。これを二年次のヒノキ苗実験の結果と照合することで,アーバスキュラー菌根菌がヒノキの細根に受け渡す窒素の形態を考察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
二年次末に参加した学会の開催地が遠方ではなかったため旅費が抑えられたため27,712円の残金が生じた。二年次の実験結果から生じた課題を解明するため京都大学上賀茂試験地で土壌を採取して有機態窒素の安定同位体比を測定することにしたため,その旅費に充てる。
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