研究課題/領域番号 |
17K19290
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
豊原 治彦 京都大学, 農学研究科, 准教授 (90183079)
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研究分担者 |
前川 真吾 京都大学, 情報学研究科, 助教 (30467401)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | ディスカス / 保育因子 |
研究実績の概要 |
ディスカスはアマゾン川を原産とする淡水魚であり、子育て行動を行うことで知られる。ディスカスの仔魚は、親魚から分泌されるディスカスミルクと呼ばれる粘液成分を摂取することで健全に成長する。本研究ではこのディスカスミルクに含まれる哺育因子、すなわち稚魚が摂取することで生残率を上げる物質の特定を目的としている。哺育因子の特定により、脊椎動物に共通な発育初期段階の必須栄養成分の起源の解明や、栽培漁業における仔魚の生残性の向上に役立つことが期待される。 実験に使用する粘液サンプルを採取する部位を決定するため、ディスカス上皮組織の切片観察を行った。その結果、粘液を分泌する粘液細胞の層は鱗の外側に存在し、全身にまんべんなく存在していた。次に仔魚が体着している哺育期の親魚について、部位ごとに仔魚に啄ばまれる回数を計測したところ、背側前部を多く啄ばまれる傾向が見られた。これより、親魚の背側前部の表皮を綿でこすり、粘液サンプルを得た。 哺育期の親魚に特異的に多く含まれる物質を探索するため、哺育期の親魚と非哺育期の親魚の粘液に含まれる成分の比較を行った。銀染色によるタンパク質電気泳動像の比較や高速液体クロマトグラフィーによる遊離アミノ酸量の比較を試みたが、顕著な差は見られず、サンプルにより安定した結果が得られなかった。 次に、仔魚が何を頼りに親魚に体着するのかを明らかにする目的で、哺育期の親魚の粘液成分が仔魚に対する誘引性を持つことを確認した。長方形の水槽の一方に哺育期の粘液を含む綿を、もう一方に綿のみを入れ、仔魚を放し一定時間仔魚の行動を観察した。その結果、体着1日以内の仔魚が粘液成分に誘引されることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の予定では、ディスカス仔魚を親魚の飼育水で飼育し、生残率を比較するバイオアッセイにより、哺育期に特有の哺育因子の有無を調べる予定だった。しかし、仔魚の安定的な入手が困難であるため、哺育期と非哺育期の粘液自体の成分分析により、哺育期に特異的に多く含まれる成分の特定を試みた。タンパク質や遊離アミノ酸等の比較を行ったが、顕著な差が見られるものはなかった。ここから仔魚の哺育には非常に微量な因子が関与しているのではないかと考え、粘液成分に対する仔魚の行動活性を評価するという着想に至った。 粘液中に含まれる仔魚を誘引する物質である誘引因子が、哺育の鍵を握るという仮説の下、粘液物質中の誘引因子の有無を調べた。長方形の水槽の一方に哺育期の粘液を含む綿を、もう一方に綿のみを入れ、体着後1日以内の仔魚を放し一定時間観察した結果、哺育期の粘液に対する仔魚の誘因性が確認された。これにより、条件を様々に変え粘液成分に対する仔魚の行動観察を行うことで、誘引物質の絞り込みが可能になった。また、体着3日後の仔魚と親魚の粘液を用いて同様の実験を行ったところ、誘因性が確認されなかった。この原因として、仔魚が生育するにつれ親魚を認識するのに嗅覚ではなく視覚によるところが大きくなり粘液自体には誘引されにくくなった可能性、仔魚の生育段階に伴い親魚の粘液物質が変化した可能性、またはその両方が考えられる。今後は仔魚が体着して何日間が経過した親魚であるかという、親魚の哺育ステージにも着目して研究を進める必要があると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
誘因性が認められた粘液成分に対して、各種酵素処理、分子量ごとの分画、熱処理等を行い、再度仔魚を用いた誘引実験を行い、誘因性が維持されるかを検討することで、生化学的特性から誘引因子の候補を絞り込む。誘引因子の候補の絞込みが完了した後、それらの実際の哺育機能の有無を仔魚を用いたバイオアッセイにより確認する。体着直後の仔魚を、哺育因子の候補物質を含む飼育水、及び哺育因子の候補物質を含まない飼育水で飼育し、一定日数経過後の生残率を比較する。その結果、生残率の向上が認められた成分を哺育因子として、構造解析及び機能解析等を行う予定である。なお、これまでの実験から仔魚の生育段階に伴い、親魚の粘液成分組成は変化することが予想されるため、各段階における仔魚の行動活性及び哺育機能等を明らかにすることが重要であると考えられる。 哺育因子が特定された後、哺育機能が魚種を超えて保存されていることを明らかにする目的で、ゼブラフィッシュ仔魚やウナギ仔魚等を用いて、上述のバイオアッセイで生残率の測定を行う。これによりディスカス哺育因子の養殖魚の種苗生産への応用の可能性を検討する。 また、誘引物質が哺育機能を持たなかった場合には、トランスクリプトーム解析を行う予定である。RNAシーケンスにより粘液細胞周辺で発現している遺伝子を網羅的に解析し、哺育期の親魚において特異的に発現している遺伝子群を単離する。それらの中から免疫関連あるいは成長因子関連のものを選択し、組み換え体作成により哺育機能の有無から哺育因子の特定を試みる
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定では、ディスカス仔魚を親魚の飼育水で飼育し、生残率を比較するバイオアッセイにより、哺育期に特有の哺育因子の有無を調べる予定だった。しかし、予定よりも仔魚の個体数が確保できず、行動学実験による哺育因子の特定に移行したため、次年度使用額が生じた。次年度は、親魚のペアを増やすことで仔魚の個体数を確保し、生残率を比較するバイオアッセイを改めて行うため、次年度使用額は親魚飼育にかかる費用とバイオアッセイ系の立ち上げにかかる費用に利用する。
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