研究実績の概要 |
本研究は、常緑針葉樹であるトドマツを対象として、遺伝子発現の網羅的解析と代謝反応の包括的解析を行うことで開葉直前に光阻害感受性が増大する原因を生理生化学的側面から特定し、春季の光阻害が樹木の生存へ与える影響を解明することを目的とした。 平成31年度は、トドマツ苗木を対象として、クロロフィル蛍光反応測定によって得られる光化学系Ⅱの最大光化学効率(Fv/Fm)の春季の変化を継続的に測定した。測定は、クロロフィル蛍光反応装置(Mini-PAM, Walz, Germany)を用いて行った。測定前日にトドマツポット苗を実験室内に移動し、一晩の暗順化を行った。トドマツ苗木は平成29年度春に5Lポットに移植し、全天および庇陰処理下(相対照度12%)で生育させたものを用いた。光阻害の測定にはそれぞれの光環境下で展開し、成熟した1年生シュートを用いた。また、庇陰処理下で生育したトドマツポット苗の一部は開葉前の4月5日に全天環境に移して光阻害測定を行った。「全天」、「庇陰」、「庇陰から全天(開葉前)」のすべての処理において、クロロフィル蛍光反応測定によるFv/Fmの低下で示唆される春の光阻害を観測した。さらに、全天環境で生育した苗木を対象として、RNAシークエンスによる遺伝子発現解析を行った結果、春の光阻害が生じるタイミングで、デンプンの分解および糖の移送に関連する遺伝子の発現が誘導されていた。また、メタボローム解析では、葉緑体内に蓄積されたデンプンが分解され、細胞質に移送される際に生じる3-ホスホグリセリン酸の増加が認められた。新葉の展開には、光と糖がシグナルとして必要であることが知られている。春の光阻害が生じるタイミングでデンプンから糖への変換が生じることで、葉緑体内の糖濃度の一時的な増加が引き起こされ、光合成のダウンレギュレーションに起因する春の光阻害が生じたものと考えられる。
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