研究課題/領域番号 |
17K19342
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小林 康一 東京大学, 大学院総合文化研究科, 助教 (40587945)
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研究分担者 |
安部 真人 京都大学, 農学研究科, 助教 (30543425)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2020-03-31
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キーワード | 脂質 / シアノバクテリア / 化学合成 / 膜 / 光合成 |
研究実績の概要 |
生体膜を構成する極性脂質には数千を超える分子種が存在するが、生物がこれほどまでに多様な脂質分子を利用する意義は未だに不明である。本研究では、シアノバクテリアが外部から脂質分子を容易に取り込む性質を利用し、化学的に合成した多種多様な脂質分子種を脂質合成変異体に取り込ませ、生体内の膜脂質構成を人為的に改変する。その時、様々な機能や生理活性を発揮する脂質分子のケミカルスクリーニングを行うことで、これまで予想もされなかった脂質分子の新規機能の発見と解明を目指す。本研究では特に、光合成に必須の役割を担うホスファチジルグリセロール(PG)を解析のターゲットとする。 PGの改変は、大きく分けて2通りの方法がある。一つは、親水性頭部のグリセロールを似た構造に置換する方法で、もう一つは疎水性尾部の脂肪酸部位を構造が異なった分子に変える方法である。まずは、より分子種の変更が容易でバラエティも豊富な脂肪酸分子の改変を行い、そのシアノバクテリア生体内での効果を明らかにする方針である。 研究は2つのグループにより2段階において行っている。第一段階は安部グループによるリン脂質全合成法を用いたPG類の人工合成であり、第二段階が小林グループによる合成されたPGを用いたシアノバクテリア内での生理活性テストである。安部グループによる化学合成の結果、PGの脂肪酸の炭素鎖長を12から20まで改変し、二重結合の位置や数も様々に変更した分子種を得ることができた。また、これらの脂肪酸をグリセロール骨格にエーテル結合で導入することにより、内在の酵素による脂肪酸の置換を防ぐことに成功した。それらの脂肪酸を結合した合成PGを用いた解析から、長鎖脂肪酸を結合した場合に比べ、短鎖脂肪酸を結合した場合の方がよりシアノバクテリアの生育に強い負の影響を与えることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
安部グループが確立したリン脂質全合成法に基づいてPG類の人工合成をおこなった。まず、多様なPG類の合成を可能にするため、種々の鎖長の脂肪酸をグリセロール骨格のsn-1位またはsn-2位にエーテル結合により導入したPG類縁体を合成し、その合成の成否をNMRやMS解析で確認した。また、PGと相互作用するタンパク質を探索するため、PGの脂肪酸に光反応基を導入した分子種の合成にも成功した。小林グループでは、安部グループが合成したPG類の生理活性を測定するための初期条件の検討を行った。短鎖脂肪酸をエーテル結合したPGが強い生育阻害に加え、クロロフィル代謝に大きな異常を抱えることが分かったことから、クロロフィル前駆体や誘導体を測定する系を立ち上げた。また、脂肪酸をエーテル結合させているため、従来のガスクロマトグラフィーを用いた脂質の定量法、すなわち脂肪酸をメチルエステル化し定量することで脂質量を測定する方法が使えないため、蛍光脂質染色薬であるプリムリンとイメージアナライザーを用いたエーテルPGの定量法を新規に確立した。プリムリン定量法による解析から、短鎖脂肪酸をエーテル結合したPGは非常に細胞に取り込まれやすいことが明らかとなったが、生育阻害効果に対する濃度依存性は無かったため、取り込み量が生育に悪影響を与えている可能性を除外できた。また、本実験はシアノバクテリアのPG合成変異体を用いて行ったが、同様に野生株に対しても行ったところ、野生株には短鎖脂肪酸PGは生育阻害効果をほとんど示さなかったことから、この効果がPG合成とリンクしていることを明らかにできた。しかし、脂質定量法や光合成活性のハイスループット分析の確立に時間がかかり、また、まだ数種の単純な脂肪酸種への改変しか試せていないことから、順調に進展しているとは評価できないと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
安部グループは、本年度に引き続き、疎水性尾部を改変したPG類縁体の合成を進める。さらに、不飽和度の改変や、トランス脂肪酸や酸化・過酸化脂肪酸を導入したPG類の合成や、極性頭部における水酸基の除去やエーテル化、正電荷付加などによりその物理化学特性を改変したPG類の合成方法を検討する。さらに、疎水性尾部と極性頭部の各種の組み合わせにより、膨大な組み合わせのPG類の合成が可能となるため、その効率的な合成方法の検討と検証を行い、広汎かつ多様な分子構造を取り入れたノンターゲット型の脂質合成に取り組む。 小林グループは、各種合成PG類を取り込ませたシアノバクテリアPG合成欠損株の表現型解析を進める。脂質分子種の生理活性の大規模スクリーニングを可能にするため、シアノバクテリアの小スケール培養の条件検討やImaging-PAMによる光合成活性の評価方法、クロロフィル蛍光測定のハイスループット解析の条件検討を行う。また、すでに生育に強い影響を与えることが分かってきている短鎖脂肪酸結合型PGに関しては、クロロフィル前駆体や誘導体の分析によるクロロフィル代謝への影響の評価や光合成解析を行い、そのメカニズムを分析する。また、すでに合成に成功している光反応基を付加したPG類をシアノバクテリアに取り込ませ、相互作用タンパク質を光触媒により脂質と共有結合させ、相互作用因子の単離・精製を行うための実験系のセットアップとその評価を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は一度に複数種類のPG類縁体の合成を検討したが収量が十分得られなかったため、大規模スクリーニングにまで発展できなかったことから、生理活性解析にまで進めることができたPG類縁体は数種に限られた。また、脂質の定量法や小スケールかつハイスループットなシアノバクテリアの培養法の検討に時間を要したため、当初の予定通りにスクリーニング解析まで到達できず、その条件検討の範囲にとどまった。Imaging-PAMを用いた光合成活性のスクリーニングにおいても、用いたPG合成変異株と野生株の大幅な光合成特性の差から共通の条件が設定できず、条件検討に時間を要することとなった。それらの理由により次年度にスクリーニング解析の実施開始を持ち越すことになり、次年度使用額が生じた。次年度はその反省を生かし、大規模ハイスループット解析の条件検討と同時に大量合成できたPG類縁体を用いた個別解析を順次進めていき、シアノバクテリアの増殖やクロロフィル蓄積、濃く合成活性に関する取得データの充実化を図り、ハイスループット解析へフィードバックすることで研究推進の効率化を目指す。
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