生物にとって、細胞分裂は生命の維持に必須な基本現象である。植物細胞は両極に分かれた娘核の間に細胞板を形成することにより細胞分裂する。細胞の周囲を強固な細胞壁に囲まれている植物にとって、細胞板による正常な分裂面の挿入は染色体や細胞質成分を正確に均等分配するのみならず、植物の形態形成を考える上でも重要である。これまでに、顕微鏡を用いた解析により細胞板形成の過程とそれに関わる細胞骨格や小胞のダイナミックな動態が明らかにされてきた。それらは分裂期を通して時空間的に精巧に制御されており、分子レベルでも厳密な制御がなされているはずである。しかしながら、これら現象に対応する細かな時間軸でのオミックス情報はほとんど不明であった。本研究課題ではまず分裂期(前、中、後、終期)における目的の細胞のみを取得し、それに対するシングルセルメタボローム、シングルセルトランスクリプトーム解析を行う手法を確立した。結果として今まで解析されたことがなかったM期の各時期(前、中、後、終期)における詳細な代謝変動および遺伝子発現を明らかにすることができた。代謝物の蓄積および遺伝子発現のデータに基づくPCA(Principal component analysis)を行った結果、前期、中期はもとより、後期、終期の間においても明白な代謝物の変動および遺伝子の発現があることが見いだせた。さらに、時期特異的に蓄積している代謝物質、脂質の傾向を解析することにより、高分子量の脂質の蓄積が細胞周期の進行によって大きく差異があることが認められた。これらの結果を統合することにより、前、中、後、終期に細胞内に蓄積する代謝物質の特徴を抽出することができた。
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