動物が示す運動の多くにはキラリティーが見られ,また生体高分子も通常,キラリティーをもつ。しかし,細胞がキラルな構造体/運動体であるという認識は一般的ではない。我々は,海産動物ホヤのオタマジャクシ幼生の運動機構を研究する中で,(1)ホヤ幼生は右ネジ方向に螺旋を描きながら泳ぎ上がる性質をもつこと,またそのホヤ幼生の尾部の筋肉細胞は左右対称に配置されているが,(2)細胞内部の筋原線維は左右いずれにおいても左螺旋のネジレを持つことを見出した。本研究は,この筋細胞の「螺旋性ができる仕組み」と,このねじれた筋原線維が「個体運動レベルの螺旋性を生み出す仕組み」の双方を解明することを目的として取り組んできた。 令和元年度においては,ホヤ幼生の鉛直泳ぎ上がり運動の様子を二方向からビデオ撮影して立体的に運動軌跡を再構成する研究を,筋原線維の傾きの大きさが異なる二種のホヤについて再度行った。これは論文執筆のために再検討を要すると考えられたために行っているものであり,現在詳細に分析中である。また,令和元年度には,ホヤの筋細胞が母性因子によって自律的に分化運命が決定されることを利用して,発生中の胚から単離した筋細胞において筋原線維の形成を観察しようとしている。この研究により,細胞自律的および非自律的な要因をつぶさに明らかにできると期待している。 この3年間に,筋原線維の走行の詳細を発生過程に沿って理解することができた。すなわち,中期尾芽胚期には筋肉型アクチンのメッシュワークができあがっており,その後,尾部の伸長が止まって後期尾芽胚期に入ってから,アクチン繊維の斜め方向への束化が行われ,続いてサルコメア形成が起こることが明らかになった。さらに,中期尾芽胚期からの阻害剤ライブラリの処理により,このネジレた筋原線維形成を制御するシグナル因子の候補を見出すことに成功した。
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