研究課題
キイロショウジョウバエの実験室系統は休眠しないと一般に考えられてきた。しかし、同種の一部野外集団には休眠するものがあり、その研究からインスリンシグナル伝達系のPI3Kの機能低下が休眠しやすい特性をもたらす可能性が示唆された。我々は実験室系統の一つ、w1118を用いて、低温・短日・飢餓を組み合わせて羽化後1週間、成虫をこの条件に置くことにより、再現性高く雌の卵巣休眠を誘導できることを見出した。すなわち、卵への卵黄蓄積が全く起こらず、14段階に区分される卵発生のstage-7を超えて発生が進んだ卵が、全卵巣に一つもない状態となる。このシステムを用いて、休眠を引き起こす細胞間、細胞内情報伝達の大枠を解明することを目指した。実験の結果、脳のインスリン産生ニューロンの活動レベルの高低が、卵巣休眠率と相関することが判明した。さらに、主要な内分泌腺の一つ、アラタ体での幼若ホルモン合成を強めたり弱めたりする遺伝的操作を加える実験の結果から、幼若ホルモンの多寡と卵巣休眠率とが逆相関を示すことも明らかになった。実際、アラタ体に於いてインスリン下流要素を操作すると、その機能低下によって卵巣休眠率が上昇した。これらのことから、脳のインスリン産生ニューロンがアラタ体に作用し、幼若ホルモン合成を制御することを介して、卵巣の発達を制御すると考えられた。幼若ホルモンが直接卵巣に作用するのか、他の臓器、例えば脂肪体を介して卵巣の成熟を制御するのかについては、現在のところはっきりしていない。これは今後の課題として残された。
2: おおむね順調に進展している
キイロショウジョウバエのインスリン産生細胞の代表的なものとして、脳間部の14個の神経分泌細胞、IPCがある。IPCが休眠制御の要であるとの想定に立ち、Ca2+依存的転写レポーター、TRICを用いて、この細胞群の神経活動と卵巣休眠との相関を探った。その結果、羽化直後に雌を休眠条件(低温・短日・飢餓)に置くと、非休眠条件(低温・長日・自由摂食)に置いたものと比較してIPCのTRIC活性は有意に低下し、このことからIPCの活動レベルが休眠率と逆相関することが分かった。続いて、IPCを低温感受性イオンチャンネル、TRPM8を用いて強制活性化させたり、K+チャンネルのKir2.1を用いて強制不活性化させる実験を行ったところ、IPCの活性化によって休眠が阻止され、IPCの不活性化で休眠が促進されることが判明した。
IPCの神経活動の高低が非休眠・休眠と見事に相関することが分かったので、今後はIPCの神経活動を電気生理学的方法で直接計測し、IPCの活動を支える分子エレメントの同定を試みる。さらにそれらの分子の機能制御機構を解明する。その一方で、IPCが作用を及ぼす標的と目される内分泌器官のアラタ体にて、関与の予想される遺伝子のノックダウン、あるいは活性型の強制発現を行い、卵巣成熟作用のあるホルモンの幼若ホルモンがアラタ体で合成されるプロセスに、インスリンシグナル系がどうかかわるのかを解明する。
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