近年クロマチン構造変化が、細胞の性質や運命決定に密接に関与することが明らかになりつつある。特に受精直後の初期胚発生においては、エピゲノム情報の初期化とも言うべき大規模なクロマチンの変化が雌雄の核において起こる。さらにES 細胞の一部が受精卵(2 細胞期胚)に類似した性質を持つ細胞に「ゆらぐ」現象が報告され、これにおいてもヒストンシャペロンを介したゲノムワイドなクロマチンの変化が密接に関与する。すなわち、多能性(ES細胞)と全能性(2 細胞期胚)の境界が、ゲノム全体のクロマチン構造の違いによって規定されるのではないかという仮説に基づき、本研究課題では、全能性細胞と多能性細胞との境界に関与するクロマチン構造変換因子を探索し、その機能を明らかにすることを目的とした。 当初はレポーターES細胞を用い、siRNAライブラリーのスクリーニングによって、ES-2CLC転換を惹起する因子を抽出する予定であったが、国内外で同様のアプローチを行っている研究室が複数あることが判明したことから変更し、受精前後のトランスクリプトームデータから候補因子を抽出した。その結果12個の候補因子が抽出され、これらの受精卵における局在を検討した。その結果、うち10個が一細胞期受精卵の前核内に局在していた。さらにこれらについて、受精卵で過剰発現や発現阻害を行った結果、2個が発生遅延を示すことを見出した。 これら2つの候補因子のうち因子Aは機能が未知であり、受精卵では、体細胞とは異なるスプライシングバリアントが発現していることを見出した。次にCRISPR/Cas9法によるKOマウスの樹立を試みたが、因子Aとアミノ酸配列の相同性が90%以上の遺伝子が近接して複数存在しており、因子AをKOしてもこれらによって機能的に相補される可能性が高いと考えられた。今後は因子Aを含む400 kb領域全体を欠損したKOマウスを樹立する。
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