研究課題/領域番号 |
17K19411
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研究機関 | 国立遺伝学研究所 |
研究代表者 |
城石 俊彦 国立遺伝学研究所, 系統生物研究センター, 教授 (90171058)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | 遺伝学 / ゲノム / シグナル伝達 / 発生制御 / 発生・分化 |
研究実績の概要 |
脊椎動物の付属肢は、適応放散の影響を受けて非常に多様な形態を有する器官である。しかし、分子生物学的にその形成過程をみた場合には、ほぼ共通の遺伝子ネットワークが器官構築に寄与している。したがって、付属肢の形態多様性を生み出すためには、普遍的なシステムを構成する因子の量・場所・時間というパラメーターの変動が必要であると考えられる。 指間皮膜は、脊椎動物の特定の種で比較的よく見られる形質であり、進化的な形態収斂を評価するには、妥当なモデルである。初年度であるH29年度には、Hammer toe (Hm)マウスというコウモリのように指間皮膜が残る自然発生のミュータントを用い、指間皮膜の形成過程を通じて、形態の多様化のメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行った。 実績として、Hmマウスの遺伝学的・発生生物学的解析を通じて、指間皮膜形成に関わる遺伝子発現制御機構と遺伝子ネットワークを明らかにした。Hmマウスでは、別染色体からのシス制御因子を含むゲノム断片の移設が起きており、これが、指間領域でのShh遺伝子の過剰発現の原因となっていた。特筆すべき点は、この過剰発現が自然界で指間皮膜を有するコウモリの発生過程においても観察されることである。このように、H29年度は、マウスの解析を通して、指間皮膜という新規形質の獲得にシス制御因子が主要な役割を果たし得ることを明らかにした。これらの結果は、米国科学アカデミー紀要に掲載した(Mouri et al., PNAS, 2018)
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
遺伝学的アプローチにより、Hmマウスには14番染色体から5番染色体のShh遺伝子座へのゲノム断片の挿入変異があることを見出した。この挿入変異は150 kbに及ぶものであったが、遺伝子の翻訳領域などを含んでいなかった。HmマウスにおけるShh過剰発現を考慮すると、挿入変異がShhの発現に何らかの影響を与えるシス制御因子を含む可能性が考えられたため、以下の解析を行った。(1) 挿入変異と相同な領域を含むBAC DNAを用いてレポータートランスジェニックマウスを作製し、この挿入変異領域が指間部での遺伝子発現調節能を有することを確認した。(2) クロマチンのオープン領域(活性化領域)を明らかにする目的でATAC-Seq解析を行った。Hmの挿入変異領域に複数のピークを確認し、シス制御因子の候補領域としてリストアップした。レポータートランスジェニックアッセイの結果、この内の少なくとも3つの領域が、肢芽での発現活性を有していることが明らかになった。(3) CRISPR/Cas9系を用いてHmの挿入変異領域に5~100 Kbの欠失を誘導した。各欠失変異系統の表現型解析の結果、複数のシス制御因子が複合的に指間皮膜形成に関与していることが分かった。 さらに、Hm肢芽に対するマイクロアレイ解析を行い、野生型と異なる発現レベルを示す遺伝子群を明らかにした。この遺伝子群には、指間部の細胞死に関連するChrdやMsx2が含まれていた。Chrdのタンパク質翻訳領域をクローニングし、K14プロモーター下で過剰発現させるトランスジェニックマウスを作製したところ、Hm様の指間皮膜が観察された。これにより、Shhの過剰発現が下流の遺伝子発現に影響し、細胞死抑制のプログラムを駆動していることが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
K14プロモーターによるChrdの過剰発現系では、皮膜という新たな形質をマウスに付与することに成功した。同様のアプローチで、コウモリ肢芽で高レベルの発現が認められる発生遺伝子をマウス肢芽に過剰発現させる。コウモリでは、形態形成過程の四肢軟骨において、Bmp2の発現レベルが高いという報告がある。また、自脚部(手のひらの領域)で細胞増殖因子であるFgf8が高発現を示している。ニワトリ胚を用いた先行研究では、Fgfタンパク質の局所的添加によって、指骨の伸長が報告されている。 上記の先行研究を踏まえ、Bmp2とFgf8の過剰発現をHmマウス肢芽で行う。軟骨細胞特異的に機能するColIIプロモーター下流にBmp2のコーディング配列をつないだコンストラクト、もしくは、肢芽間充織特異的に機能するPrxプロモーター下流にFgf8をつなげたコンストラクトを用いて、トランスジェニックマウスを作製し、骨格パターンを評価する。コウモリでは、ShhとFgf8の二つの遺伝子が指間部で異所的に発現し、Bmp2が指骨で高発現を示す。一方、Hmマウスでは、Shhシグナルのみが指間部で活性化されている。トランスジェニックマウスによるBmp2・Fgf8過剰発現系により、Shhと二つのシグナリング系が相乗的に機能し、マウスの四肢形態をコウモリ様に変化させられるかどうかに特に着目して実験を進める。これらの実験は、当初H29年度に開始する予定であったが、Hmマウスの原因変異の同定に予想以上に時間がかかったため、H30年度に改めて実験を実施することになった。
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次年度使用額が生じた理由 |
今後の研究の推進方策の項でも記載したが、H29年度は、Hmマウスの指間被膜形成の原因となる変異の同定に予想を上回る時間を要したため、Bmp2・Fgf8遺伝子の過剰発現によるマウス四肢形態のコウモリ化の実験を本格的に開始することはできなかった。このためのトランスジェニックマウス作製実験の経費として、807,539円を次年度であるH30年度に繰り越した。今年度は、この経費を含めて当初に計画した実験を全て遂行して、マウス四肢のコウモリ手翼をモデルとした形態進化の遺伝子基盤を明らかにしていく予定である。
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