研究課題/領域番号 |
17K19425
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
石川 由希 名古屋大学, 理学研究科, 講師 (70722940)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | 配偶者選択 / 生殖隔離 / ショウジョウバエ / フェロモン |
研究実績の概要 |
本研究は、オナジショウジョウバエ(以下, オナジ)において「姉妹種キイロショウジョウバエ(以下, キイロ)のフェロモン7,11-HDによって求愛を抑制する経路(以下, 7,11-HD求愛抑制経路)」の実体とその進化的起源を明らかにするものである。 本年度は、7,11-HD求愛抑制経路の入口となる味覚ニューロンを特定するため、遺伝学的ツールの少ないオナジ♂のモデルとしてオナジとキイロのF1雑種♂を用いた解析を行った。雑種の特定の味覚ニューロン群(以下, GrXニューロン)を神経阻害すると、キイロ♀に対する求愛抑制効果が低下したことから(石川、未発表)、このGrXニューロンが7,11-HD求愛抑制経路の入り口であることが既に示唆されていた。しかしこの先行研究で用いた系統において標識レベルが個体によってばらついていたため、本年度はまず、このGrXニューロンを安定して標識する新たな系統を探索した。その結果、GrXニューロンを安定して標識する新たな系統を得、またこれを用いたGrXニューロンの神経伝達により、キイロ♀への求愛抑制効果が低下することが確認できた。一方、キイロ♂のGrXニューロンを神経阻害しても、キイロ♀への求愛活性への影響は検出できなかった。このことから、GrXニューロンの機能はキイロ♂と雑種♂で異なり、雑種♂ではキイロ♀への求愛活性を低下させる一方、キイロ♂ではこのような機能を持たないことがわかった。この機能の違いが、ニューロンの解剖学的差異に由来する可能性を検証するため、GrXニューロンを標識し、比較した。GrXニューロンは、脚と口吻、咽頭にある細胞体から、直接あるいは胸腹部神経節を介して顎神経節に投射しており、キイロ♂と雑種♂でその形態と数に明確な違いはなかった。このことから、GrXニューロンの機能の違いは、ニューロンの形態そのものには起因しない可能性が高い。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画のとおり、7,11-HD求愛抑制経路の入口となる味覚ニューロン(以下, GrXニューロン)の特定に成功した。さらにGrXニューロンを安定して標識するGal4系統を確立したことにより、この系統を用いて、GrXニューロンの下流に存在する7,11-HD求愛抑制経路の解析を進めていくことが可能になった。 さらに、キイロ♂と雑種♂においてGrXニューロンの神経阻害を行い、その機能の違いを明らかにした。雑種♂のGrXニューロンがキイロ♀への求愛を抑制する一方で、キイロ♂のGrXニューロンはこのような効果を持たなかった。このことから、GrXニューロン及びその下流に存在する7,11-HD求愛抑制経路には、キイロ♂と雑種♂で何らかの違いがあると考えられる。GrXニューロンの数や形態に明確な違いがなかったことから、この違いがGrXニューロンの解剖学的性質であるとは考えにくい。今後下流に接続するニューロンの解析を進め、GrXニューロンの機能の違いをもたらす神経機構を同定し、7,11-HD求愛抑制経路の進化的起源を明らかにする。 さらに、GrXニューロンの神経活動がキイロ♀への求愛抑制に十分かどうかを調べるために、光遺伝学によるGrXニューロンの強制活性化を試みた。しかし、GrXニューロン全体の強制活性化により、口吻伸展やグルーミングなどの異常行動が惹起され、求愛活性への影響を評価することができなかった。今後、活性化の条件を検討する必要がある。 さらに本年度は、平成30年度に先駆けて、オナジにおける遺伝子導入の確立も試みた。φC31システムを用いて、キイロにおいて特定のニューロンを標識するプロモーター配列をオナジに導入することで、オナジの相同なニューロンを標識することに成功した。一方、標識レベルが少し弱いことから、本研究に用いる系統を確立するためには、より良いホスト系統を探索する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
本年度明らかになったキイロ♂と雑種♂のGrXニューロンの機能の違いをもたらす神経機構を同定するため、「GrXニューロンの機能の違いは、GrXニューロンの下流に接続するニューロン(以下, GrX下流ニューロン)の違いに起因する」という作業仮説を検証する。GrX下流ニューロンは、GrXと接続を持つはずであるが、そのようなニューロンはこれまで報告されていない。そこで、①候補ニューロンの解析、②網羅的探索という2つの方法を用いて、GrXニューロンの機能をの違いに寄与するGrX下流ニューロンを同定する。
①では、まずGrXニューロンの出力部位付近に投射部位を持つニューロンを、GrX下流ニューロンの候補として、GRASP法を用いてGrXニューロンとの神経接続を推定する。雑種において神経接続があったニューロンをGrX下流ニューロンとし、キイロ♂でも同様の解析を用いて、GrXニューロンとの神経接続の有無や程度に違いがあるかどうかを解析する。さらに、GrXニューロンの強制活性化と組み合わせた候補ニューロンのCa2+イメージングにより、機能的な接続に関しても比較する。 ②では、trans-Tango法を用いて、GrXニューロンの下流に接続するニューロンを網羅的に標識し、キイロ♂と雑種♂で比較する。標識されたGrX下流ニューロンの形態から、これらを安定的に標識するGal4系統を探索し、GRASP法やCa2+イメージングによってGrXニューロンとの接続を解析する。
また、本年度確立したφC31システムをさらに改良し、これを用いてGrXニューロンやGrX下流ニューロンの形態や機能、神経接続などをオナジにおいて観察する。オナジ♂とキイロ♂を比較することで、7,11-HD求愛抑制経路の進化的起源を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
物品費に関して、申請時はGrXニューロンの発現する味覚受容体の解析のためにリアルタイムPCRシステムを購入する予定であったが、GrXニューロンの下流の神経接続を解析する戦略に方針転換したため、購入を取りやめた。次年度、GrXニューロンと下流ニューロンの機能接続を明らかにするためのCa2+イメージングに用いるマイクロマニピュレータの購入に使用する予定である。 旅費に関しては、他研究費を用いた学会参加により、副次的ではあるものの十分な情報収集を行うことができたため、本年度は使用しなかった。次年度が、国内/国際学会において情報収集/研究発表を行うために使用する。 人件費に関しては、適任者がいなかったため本年度は雇用しなかった。次年度改めて募集する予定である。 その他は、設置済みの機器の修理等に充てる予定であったが、修理の必要がなかったため使用しなかった。次年度も同様に修理に充てる予定である。
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