研究課題/領域番号 |
17K19433
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
西村 隆史 国立研究開発法人理化学研究所, 多細胞システム形成研究センター, チームリーダー (90568099)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | 遺伝学 / 進化 / 生態学 / 生理学 |
研究実績の概要 |
多細胞生物の体の大きさは、遺伝情報だけで完全に定められているわけではなく、発育過程に置かれた環境の栄養や温度にも依存して変化する。生物種特異的に最終的な体の大きさがどのように決定されるかを知るには、遺伝子と環境の相互作用が成長や代謝にどう影響するかを理解しなければならない。本研究の最終的な目標は、発生生物学において記述的研究しかされてこなかった生物種特有の「環境依存的に起こる成長と代謝の変化」という現象を、時空間スケールの異なる生態学の立場から捉え直し、より原理的かつ数理科学的な理解に繋げることにある。進化生態学の観点から最適な発生パターンを予測するeco-devo(生態発生学)数理モデルを構築する。さらに、モデルの発展と実験的検証により、環境応答性の成長・代謝変化という現象の至近要因と究極要因を同時に突き止め、生命の設計原理を明らかにする。 H29年度の研究実績として、同一飼育条件で飼育可能なショウジョウバエ近縁種を9種選択し、幼虫期と蛹期における成長曲線のデータを取得した。また、蛹期に向けた閾値を実験的に測定し、数理モデルで得られる閾値との比較を行った。さらに、発育タイミングの制御に関わるステロイドホルモン(エクダイソン)の経時的定量を行い、種間での差異を比較した。これらの実験結果を、申請者らが独自に作成した理論モデルへのフィードバックを行い、数理モデルの検証を行った。さらに、「どのように完全変態昆虫は環境に応じた最適な成長・代謝変化を実現しているのか」を明らかにするため、モデル系となるキイロショウジョウバエを用いて、様々な栄養状態と発育段階のサンプルを用いて、網羅的な代謝産物の解析を実施した。幼虫期と蛹期、または幼虫の摂食時と飢餓時で変動する代謝産物のリストを取得した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで申請者らは、キイロショウジョウバエをモデル生物として、成長と代謝の分子遺伝学的・生化学的研究を行ってきた。ハエのように蛹期を持つ完全変態昆虫の成長は幼虫期で起こり、また内分泌ホルモンの状態によって明確に区別される二つのフェイズを持つ。後半のフェイズはTerminal Growth Period(TGP)と呼ばれ、幼虫の重量がCritical Weight(CW)と呼ばれる閾値に達することで開始される。完全変態昆虫の最終サイズは、TGPとCWの種特異的な環境応答パターンを通して決まっていることがわかっている。低栄養環境でも柔軟に生存適応し、尚かつ環境条件に即した個体成長を維持する代謝システムを理解することが、生物種特異的な体サイズ調節メカニズムの解明につながると考えた。申請者らは、これまでに進化生態学の観点から最適な発生パターンを予測するeco-devo(生態発生学)モデルを構築した。 H29年度の進捗状況として、同一飼育条件で飼育可能であり尚かつ体サイズが異なるショウジョウバエ近縁種を9種選択し、幼虫期と蛹期における成長曲線のデータを取得した。また、蛹期に向けた閾値を実験的に測定し、eco-devo数理モデルで得られる閾値との比較を行った。さらに、発育タイミングの制御に関わるステロイドホルモン(エクダイソン)の経時的定量を行い、種間での差異を比較した。その結果、幼虫期の期間に関わらず、蛹期に向けてエクダイソン濃度の上昇が観察された。さらに、幼虫期のTGPが短い種ほど、濃度上昇率が高いことが判明した。これらの実験結果を、申請者らが独自に作成した理論モデルへのフィードバックを行い、数理モデルの検証を行った。 本研究で得られた成果をまとめて、現在論文投稿中である。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、「どのように完全変態昆虫は環境に応じた最適な成長・代謝変化を実現しているのか」を明らかにするため、成長・代謝を制御しているシグナルの実体を探す。 飢餓に対する一般的な生理応答として、貯蔵エネルギーを消費することで延命する。一方で、幼虫は次に来る発育段階としての蛹期(計画的な飢餓)に向けて栄養を貯蔵する必要がある。これら二つの相反する要求がある時に、どのような飢餓応答が最適なのか? この問いに答えるため、新たな数理モデルを構築した。最適制御理論に基づく数理解析の結果、確率的に発生する飢餓に対する生理応答は、貯蔵栄養の消費から保持へ代謝シフトすることが最適であることが分かった。今後は、最適モデルで予測されるような代謝応答が存在するかどうか、実験的に検証する。 モデル系となるキイロショウジョウバエを用いて、様々な栄養状態と発生段階のサンプルを用いて、網羅的な代謝産物の解析を実施した。幼虫期と蛹期、または幼虫の摂食時と飢餓時で変動する代謝産物のリストを取得した。一方で、蛹期の代謝産物の変動は、TGPの栄養条件に依らずほぼ同一であることが明らかとなった。今後は、得られたリストを元に、蛹期に向けた閾値(CW)の前後で生じる飢餓応答パターンの変化を検討する。さらに、その飢餓応答の違いを実現するシグナル分子の探索とメカニズムを遺伝学実験により解析する。これらの研究を通して、成長・代謝の環境応答メカニズムの分子的基盤を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
想定していた実験計画が順調に進行したため、消耗品に関わる費用に残額が生じた。次年度の研究を効率的に実施するための費用に充てる予定である。
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