海馬CA2野は海馬亜領域の中でも異質である。近年、その独特な空間表象や社会記憶に果たす機能が明らかになりつつあるが、長い間注目されなかった領域ゆえに局所回路はほとんど未解明である。特に、錐体細胞が互いに結合しあう興奮性再帰回路がCA2野に存在するのかについては物議を醸している。再帰回路は海馬においては珍しく、海馬亜領域の中でCA3野にのみ存在が報告されている。CA3再帰回路は学習や記憶の際にCA3が担う機能に重要であると考えられている。現状、再帰回路と機能の因果性を直接示した研究はないが、再帰回路のモデルによって細胞集団のアトラクターや安定的な活動表象を再現する試みは多い。回路モデルの再現は前提となる再帰回路のシナプス結合確率やシナプス強度のパラメーターに大きく影響されるため、再帰回路のパラメーターを信頼できる手法で測定する必要がある。しかし、海馬で興奮性シナプスをひとつひとつの細胞レベルで突き詰めた知見は少ない。CA2野に再帰性回路があることを示唆する知見はいくつか存在する。第一に、CA2の錐体細胞の樹状突起構造は密であり、CA1よりもCA3の細胞形態と似ている。第二に、CA2野はSharp-wave rippleという集合的な脳波の起点となる。私たちは、複数のCA2錐体細胞で同時ホールセルパッチクランプ記録を行い、CA2からCA2への興奮性シナプス結合を測定した。502例を測定したうちの7例でシナプス結合が観測され、CA2領域に再帰回路が存在することを示した。また、見つかったCA2再帰回路はCA3付近の浅層に限局していた。これらの結果は海馬内でCA3領域以外にも再帰回路が存在し、従来考えられてきたCA3独自機能の外でも再帰回路が働くことを示唆する。
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