2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)は、脳腫瘍や白血病で高頻度に見いだされるイソクエン酸脱水素酵素 (IDH1) の機能獲得変異により産生されるオンコメタボライトであり、正常細胞にはほとんど存在しないとされる。応募者は、精巣において精細胞特異的に発現する乳酸脱水素酵素C (LDHC) が、2-ヒドロキシグルタル酸 (2-HG) を積極的に産生していることを発見した。そして応募者が作成したLdhc欠損雄マウスと野生型雌マウスの交配からは産仔が得られず、Ldhc欠損精子の機能障害による受精率の低下と、胎生致死が原因であることが示唆されている。これらの結果は、2-HGが生理的条件において産生される代謝物であり、かつ、雄の生殖能と次世代の正常な発生に重要な役割を果たしていることを示唆する。本研究では、精巣で特異的に産生される代謝物2-HGが精子形成において果たす役割を明らかにし、代謝物が精子形成を制御し、さらに次世代の発生にも影響を及ぼすという新しい概念の創出を目指した。 Ldhcノックアウトマウスでは、精子形成はほぼ正常に行われているものの、その運動能が著しく低下していることがわかった。一方で、Ldhcは、げっ歯類に特徴的な3つのアミノ酸置換があり、ヒトを始めとする他の動物種のLdhcとは性質が異なることがわかった。そのため、2-HGの産生能力は、げっ歯類のLdhcでは高いものの、ヒトのLdhcでは低いことがわかり、種をこえて保存されている特性ではないという結論に達した。一方、Ldhcが欠損すると、精子細胞におけるLdhaタンパク質が激減する、という興味深い結果を得た。これは、LdhcがLdhaとの多量体形成により機能している可能性を示唆するものであり、生殖細胞におけるグルコース代謝の新たな制御システムといえる。
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