プリオン病の病原因子プリオンは、正常型プリオン蛋白(PrPc)が構造変化し多量体化して凝集体を形成した異常型プリオン蛋白(PrPSc)であることは、今日では世界中の研究者が認める常識となっている。しかし、申請者は奇妙な現象を発見した。これまでに実施されていなかったハムスター順化プリオンをPrPc欠損マウスに脳内接種すると、非炎症性脳病変が生じ死に至った。このマウスにマウス順化プリオンを脳内接種しても発病しないことは既報の通りであり、このハムスター順化プリオンを野生型マウスに脳内接種しても発病しないことも既報の通りであった。本研究では、この奇妙な現象の裏にどのような病因が潜んでいるのか、また、その病因がプリオンとどのように関連しているかを調べることで、プリオンと呼ばれる凝集タンパク質が原因と考えられている疾患の病因論を再考察することを目的とした。3年間の研究で、ハムスター順化プリオンで発病したPrPc欠損マウスの脳乳材を別のPrPc欠損マウスの脳内に接種して、約3年間マウスを観察してきたが明らかな異常は観察されなかった。これらの未発症のマウスから脳を採取し、神経病理学的解析やPrPSc解析などを行った。対照と比して有意な神経変性は観察されず、PrPScやPrPSc様の異常蛋白質の沈着は検出されなかった。以上から、ハムスター順化プリオンそのものはPrPc欠損マウス脳で障害をもたらすが、その病原性はPrPcなしには伝播しないことが明らかとなり、プリオンの伝播と病原性は分離でき、プリオンの病原性発現経路にはPrPcを必要としない経路があることが示された。
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