研究課題/領域番号 |
17K19549
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
加藤 哲久 東京大学, 医科学研究所, 助教 (40581187)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | HSV / BONCAT / 新規遺伝子 |
研究実績の概要 |
単純ヘルペスウイルス(HSV)は代表的なDNAウイルスであり、ヒトに多様な病態を引き起こす。抗HSV剤アシクロビルが開発された今日においても、HSV感染症のアンメット・メディカル・ニーズ(未充足の医療要望)は多数残されている。さらに、世界市場におけるHSV感染症の医療費は、年間数千億円と膨大である。したがって、HSVは医学上極めて重要なウイルスであり、HSV研究の重要性は明らかである。 一般に、ウイルスは感染伝播の必要性から、ウイルス粒子にゲノムをパッケージングしなければならない。この生存に必須な過程を効率化するため、ウイルスはゲノムサイズを最少化させ、遺伝子重複や選択的スプライシング等、限られたゲノムに多様な遺伝情報を搭載するための様々な戦略を獲得してきたと考えられる。これらウイルスゲノムに潜む複雑な遺伝情報の全体像を解き明かすためには、単なるゲノム配列の決定やトランスクリプトーム解析だけではなく、感染細胞における包括的なウイルス蛋白質の検出が必要である。しかしながら、単純にウイルス感染細胞を質量解析に供するのみでは、大量に発現している宿主蛋白質や既知のウイルス蛋白質がバック・グランドとなり、未知のウイルス遺伝子産物を検出することは容易ではない。事実、質量解析により同定された新規HSV遺伝子の報告は皆無である。 この問題を克服するため、申請者はメチオニン類似低分子(AHA)を駆使した新規合成蛋白質の標識・精製系(BONCAT法)を基盤とすることで、HSVゲノムに潜む未同定のウイルス遺伝子産物を網羅的に同定する新たな手法を確立しつつある。今日までに開発されたほぼ全ての抗ウイルス剤は、ウイルス蛋白質を標的分子とすることから、体系的に新規ウイルス遺伝子産物を同定する手法の確立は、ウイルス感染症の克服に直結する重要な研究課題であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通り、以下の解析を完了し、BONCAT法と高感度質量分析計を併用することで、HSV-1の新規ORF群の同定に至った。 (i) HSV感染後、複数のタイムコースでメチオニン類似低分子(AHA)により新規合成蛋白質を標識し、可溶化後、Biotin-PEG-alkyneと環状化反応させることで、AHA標識蛋白質をbiotin化した。 (ii) アフィニティービーズにより、biotin化したAHA標識蛋白質を精製後、常法に従い高感度質量分析に供し、新規合成蛋白質由来の質量情報を網羅的に集積し、推定新規HSV遺伝子産物を探索した。 (iii) その後、簡便かつ敏速なHSVゲノム編集法を駆使し、推定新規HSV遺伝子内に、蛍光蛋白質mVenusあるいはFLAGエピトープタグを挿入した組換えHSVを作出することで、推定新規HSV遺伝子産物の発現の有無を検討した。
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今後の研究の推進方策 |
申請時の計画通り、今後(2年目)は、以下の方法論により、 新規ウイルス遺伝子のHSV生活環における役割等の解明を試みる。 (i)新規HSV遺伝子スタートコドンの決定:昨年度、作出した蛍光蛋白質mVenusあるいはFLAGエピトープタグ挿入型の新規HSV遺伝子を発現する各組換えHSVを親株とし、HSVゲノム編集法により、推定開始コドン(ATG, CTG等)を、順次、欠損させ、開始コドンを決定する。開始コドン結成後は、race法により、mRNA全長の決定を試みる。 (ii)新規HSV遺伝子欠損ウイルスの作出と表現型の解析:(i)で決定した新規HSV遺伝子の開始コドンを、周辺遺伝子に最も影響の少ない形の変異導入により不活性化させ、新規HSV遺伝子欠損ウイルスの培養細胞系における増殖性およびマウスにおける病態発現能(ヘルペス性脳炎、ヘルペス性角膜炎等)を解析する。 (iii) (ii)において、病態発現への影響が認められた新規HSV遺伝子産物に関して、細胞生物学的アプローチを駆使することで、HSVの病態発現を司る分子メカニズムの解明を試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
HSV-1の新規ORFの同定法として、研究立案時のBONCAT法を実施し、同定した新規ORFの機能解析を遂行する過程において、遺伝情報の大規模な保存性に関するリストを作成する必要性が発生した。 そこで、一端、当初の計画にはなかったHSV-1相同性検索に特化したプログラミングの開発に専念することとなった。数ヶ月の時を要したが、専門家との共同研究が成立し、NCBIデータベース上の全てのHSV-1配列を加味した大規模なHSV-1遺伝子の保存性に関するリストを得ることができた。本データベースを加味することで、計画立案時には予測不能であったHSV-1新規ORFの同定と評価が可能となり、本研究のさらなる発展が期待できる状況となったが、消耗品を使用する実験は、延期されたため、次年度使用額が発生した。 積算根拠:一般試薬(0.5万円/個)、酵素類(1万円/個)、プラスチック器具(0.1万円/個)、キット(7万円/個)、培地試薬(0.1万円/個)、牛胎児血清牛(3万円/個)、実験動物(0.2万円/個)に基づき、ウイルス感染細胞における細胞生物学的な解析を、順次実施していく。
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