研究課題
単純ヘルペスウイルス(HSV)は代表的なDNAウイルスであり、ヒトに多様な病態を引き起こす。抗HSV剤アシクロビルが開発された今日においても、HSV感染症のアンメット・メディカル・ニーズ(未充足の医療要望)は多数残されている。さらに、世界市場におけるHSV感染症の医療費は、年間数千億円と膨大である。したがって、HSVは医学上極めて重要なウイルスであり、HSV研究の重要性は明らかである。HSVゲノムは約150kbpの2本鎖DNAであり、グラスゴー大学のDJ. McGeoch博士やシカゴ大学のB. Roizman博士によって、現在までに少なくとも84種類のウイルス遺伝子をコードすることが解明されている。ウイルスは限られたゲノムサイズに、多様な遺伝情報を搭載するため、進化上、様々な戦略を獲得してきた。その結果、単純にトランスクリプトーム解析を実施するだけでは、ウイルスゲノムに潜む遺伝情報の全体像を解読することは極めて困難である。事実、次世代シークエンサーによるRNA-seqの台頭後も、インフルエンザウイルスゲノムにさえ、病態発現に重要な遺伝子PA-Xがコードされていることが報告されている。したがって、ウイルス遺伝子産物の全体像を把握するには、包括的にウイルス蛋白質を直接検出することが望ましい。しかしながら、単純にウイルス感染細胞を質量解析に供するのみでは、宿主細胞に発現している数千種類の宿主蛋白質がバックグランドとなり、ウイルス遺伝子産物の全体像を検出することは困難を極めていた。これらの背景を鑑み、我々は、BONCAT法、高感度質量分析、バイオ・インフォマティクス解析の三者を有機的に結びつけ、HSV遺伝子産物を再解読する新たな手法を生み出した。本手法で同定された新規HSV遺伝子は、HSVの病態解明や新たな抗HSV戦略の糸口となることが期待される。
2: おおむね順調に進展している
ウイルスは感染伝播の必要性から、ウイルス粒子にゲノムをパッケージングしなければならない。この生存に必須な過程を効率化するため、ウイルスはゲノムサイズを最少化させ、遺伝子重複や選択的スプライシング等、限られたゲノムに多様な遺伝情報を搭載するための様々な戦略を獲得してきた。これらウイルスゲノムに潜む複雑な遺伝情報の全体像を解き明かすためには、単なるゲノム配列の決定やトランスクリプトーム解析だけではなく、感染細胞における包括的なウイルス蛋白質の検出が必要である。しかしながら、単純にウイルス感染細胞を質量解析に供するのみでは、大量に発現している宿主蛋白質や既知のウイルス蛋白質がバックグランドとなり、未知のウイルス遺伝子産物を検出することは容易ではない。事実、質量解析により同定された新規HSV遺伝子の報告は皆無であった。この問題を克服するため、我々は、メチオニン類似低分子 (AHA) を駆使した新規合成蛋白質の標識・精製系[BONCAT法 : Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (2006)]、高感度質量分析計および計算科学を有機的に融合させ、HSVゲノムにコードされる新規遺伝子群を同定したこと、また、同定した遺伝子の感染細胞における発現の確認・マウスモデルにおける病態発現への関与も確認できたことから、本研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
同定済みの新規HSV病態制御遺伝子に関して、詳細な分子機構の解析を進め、成果発表に結びつける。また、同定した他の新規遺伝子の生物学的意義に関しても明らかとするため、HSVゲノム編集法とマウス病態モデルを併用し、HSV病態への関与の有無を順次解明していく。そして、HSV病態への関与が認められた新規HSV遺伝子に関しては、相互作用因子を、質量解析系を用いたインターラクトーム解析や既に保持しているHSV-1抗体ライブラリーを用いた共局在解析等により探索することで、新規遺伝子群が、如何にHSV病態に関与するのかを、詳細な分子機序を解明していく。また、同定した新規遺伝子の中には、一般的な翻訳機構によりmRNAから蛋白質が生合成されているとは考え難いゲノム上に位置していたものも多く、これらの遺伝子の翻訳過程において、internal ribosome entry site(IRES)等のノンカロニカル翻訳機構が関与していないかも順次、解析していく。その際、HSVゲノム編集法を用いた組換えHSV-1による感染細胞レベルの解析と、単独発現系を用いた非感染細胞レベルにおける解析を併用することで、個々の遺伝子発現機構が、ウイルス感染により複雑に制御させる現象なのか、ゲノム配列のみに帰属するプログラムされた現状なのかも解析する。
研究成果の公表のため、国際学術誌に論文投稿したところ、さらに詳細なデータの追加を求められた。そこで、2018年11月より追加実験を開始し、さらなる分子機構の解明に至るデータが得られつつあり、さらなる解析(追加実験等)が必要となった。一連の追加研究により、本補助事業は目的当初よりも精緻な達成が期待される状況となったと考えられる。以上を鑑み、事業期間を延長し、次年度使用額が生じた。さらなる分子機構の解明のため生化学的な解析を実施する。また、生化学的な解析より得られた知見を従来の細胞生物学的な解析と感染実験により検証するため、物品費に1,500,000円を、成果発表のため英文校閲に200,000円、学術論文投稿費に300,000円を必要とする。
すべて 2018 その他
すべて 雑誌論文 (6件) (うち査読あり 6件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (12件) (うち国際学会 3件) 備考 (1件)
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http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/Kawaguchi-lab/KawaguchiLabTop.html