研究課題/領域番号 |
17K19606
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
松本 雅記 九州大学, 生体防御医学研究所, 准教授 (60380531)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2019-03-31
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キーワード | プロテオミクス / がん / 代謝 |
研究実績の概要 |
生体内で生じたがん細胞は様々な生体内環境に対して適応することで生き残り、より悪性度の高いがん細胞へと進化する。がん細胞において解糖系の亢進など代謝ネットワーク構造変化(=代謝リモデリング)が生じていることは古くから知られており、環境適応によるがんの生存戦略に一役かっている可能性が高い。しかしながら、がん悪性進展と代謝リモデリングの関係性に関する研究は、1)代謝リモデリングを総体的・定量的に捉える手法の不足、2)がん悪性進展の途中過程を捉えることができないこと、によって大きく遅れている。本研究は独自のプロテオーム解析技術と悪性進展モデルを利用することでこれらの問題点を解消し、がん悪性進展における代謝リモデリングの意義を明らかにすることを目的とする。平成29年度は以下の2つの項目を実施した。 1) 試験管内悪性化モデルの構築: ヒト正常2倍体細胞から各種がん原遺伝子導入及びコロニー培養、移植培養によって段階的に悪性進展させたモデル細胞株を樹立した。元来造腫瘍能を有さないhTERT/SV40ER/c-Myc発現細胞(TSM細胞)はコロニー培養を繰り返すことでより高いコロニー形成能と造腫瘍能を獲得した。2) iMAQT法による悪性進展関連代謝リモデリングの定量解析: iMPAQTデータベースの情報を元に、主要なヒト代謝酵素に対するMRMトランジッションの設定および内部標準合成ペプチドの作製を行い、迅速に代謝酵素を計測可能なMRM測定メソッドを構築および最適化した。次に、上記試験管内悪性化モデル細胞を対象に、代謝酵素の網羅的絶対定量を実施して悪性進展関連代謝ネットワークを同定した。その結果、がん悪性化に伴い、グルタミン関連代謝ネットワークの再構築が生じていることが明らかとなった。 このように、今年度は当初の計画通りに順調に進展しており、次年度の計画に関しても技術的問題はない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度は以下の2項目を実施した。 1)試験管内悪性化モデルの構築:ヒトの胎児肺に由来する線維芽細胞であるTIG-3はhTERT/SV40/cMycでトランスフォームさせると (TSM細胞)、通常の2次元培養での増殖能は著しく増加するが、足場非依存増殖能(コロニー形成能)は低く、ヌードマウスでの造腫瘍能もほとんど有さない。この細胞を前がん状態細胞と仮定し、この細胞を試験管内で悪性進展させる方法を考案した。具体的には足場非依存培養を繰り返し行うことで生き残った(コロニー形成した)細胞は親クローンに比べて高いコロニー形成能を有し、造腫瘍能の高い細胞(Anchorage-independent growth: AIG細胞)へと変化することが判明した。また、形成された腫瘍や転移巣からも細胞株を取得した。 2)iMPAQT法による悪性進展関連代謝リモデリングの定量解析:iMPAQTは大規模なターゲットプロテオミクス(MRM: multiple reaction monitoringなど)を実施する定量プロテオミクス・プラットフォームである。本研究では環境要因で生じる悪性化プロセスに関与すると思われるカテゴリー(代謝酵素、シグナル伝達因子、クロマチン制御因子等)を中心に、測定対象タンパク質の選定とメソッド最適化を実施した。上記悪性化モデル細胞における代謝酵素発現量変化をiMPAQT法で解析したところ、多数の代謝酵素の変化が認められた。特に、グルタミン代謝に関わる一連の経路が前がん状態細胞と比較して大きく変化しており、がん悪性化においてグルタミン代謝がネットワーク単位で再構築されていることが明らかとなった。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度は以下の2項目を実施する。 1)がん悪性進展モデルのトランスオミクス解析:作製した悪性進展モデルを対象にメタボロームなどの情報を階層横断的に取得する。また、プロテオーム階層に関しては発現量解析に加えて、各種翻訳後修飾の定量解析も実施する。例えば、シグナル伝達において重要なリン酸化やヒストンコードに重要なアセチル化やメチル化を定量するためのメソッド構築とそれを利用したターゲットプロテオミクスによる定量を実施する。 2)がん悪性進展と代謝リモデリングの関係性検証:これまでに得られた各種オミクスデータから、KEGG等の経路情報に基づいて悪性進展過程において変化するネットワークを抽出・可視化し、悪性度と関連する重要ネットワーク構造や、複数の局所ネットワーク間の関連性を推定する。上記、がん悪性進展に関与する分子ネットワークが見出された場合、該当するネットワーク機能を構成要素の撹乱によって評価する。既に、前年度の実験で悪性化モデルにおいてグルタミン代謝関連酵素群の増減が認められ、ネットワーク単位での代謝再編成が生じていることが明らかとなった。これらのネットワークの構造をノックダウンなどの人為的に操作し、がん細胞の生存に影響を与えるかを評価する。
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