微小環境における局所代謝制御が転写因子等の修飾変化を介した発現情報調節など細胞機能に与える影響の重要性が認識され始めている。しかしながら現状では細胞内局所における代謝物分布や代謝経路の活性化動態を捉えることは難しくどのように制御されているかという包括的な研究は為されてこなかった。 本研究では翻訳後修飾を介した微小管と解糖系酵素との相互作用に着目し、局所エネルギー代謝制御に起因する細胞骨格の再編成の機序を解明し、がん細胞の化学治療抵抗性のメカニズムを明らかにすることを目指す。これまでに乳がん細胞株MDA-MB-231細胞を用いて有糸分裂阻害剤であるパクリタキセル(Ptx)に対する耐性株を樹立し、Ptx耐性株と対照株の間でのエネルギー代謝動態を比較し代謝特性の違いを明らかにした。すなわち、Ptx耐性株では解糖系が亢進していると共に解糖系から分岐するセリンの生合成系が活性化され、グルコース由来の炭素骨格が含硫アミノ酸代謝に利用されるという極めてユニークな特徴を持つことを見出した。最終年度である今年度は、Ptx耐性株では含硫アミノ酸代謝物量が軒並み増加していたことから、タンパク質のチオール修飾レベルの違いを疑い、複数のチオール修飾検出技術を用いた多面的解析を行った。その結果、パクリタキセル耐性株ではタンパク質のスルフヒドリル化が亢進しており、複数の代謝酵素や細胞骨格タンパク質がスルフヒドリル化を受けることを見出した。また、我々の研究からパクリタキセル処理は解糖系を活性化させることが分かっており、この活性化を阻害することで、含硫アミノ酸代謝産物を低下させることを明らかにした。これらの結果から、解糖系由来の炭素骨格が含硫アミノ酸合成へ使用され、抗酸化物質を産生することが耐性獲得の一因と考えられ、これらの経路切り替えを遮断することで耐性喪失のための標的経路となるものと考えられた。
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