我々人類は基礎的な生命科学について実験用マウスモデルから非常に多くの知見を得てきたが、マウスとヒトでは遺伝学的相違、環境要因の差異、進化的な距離の遠さなどから、根本的に重大な点を見落としている可能性があるのも事実である。また近年、骨代謝学領域に限らず、マウスで効果が確認された治療ターゲットの多くが、ヒトの疾患においては効果が見られなかったという報告が相次いでおり、広く問題視されているのが現状である。 破骨細胞研究においては、in vitroで分化させたマウス破骨細胞とヒト破骨細胞では明らかな形態的差異があり、その遺伝子発現制御機構は大いに異なっていることが予想されるにも関わらず、ヒト破骨細胞を用いた網羅的研究・分子細胞生物学的解析を組み合わせて重要性を確認する解析はほとんど行われてこなかった。 本年度までに、複数ロットのヒト破骨前駆細胞に対し同一の条件で破骨細胞分化を誘導し、それぞれの分化段階における遺伝子の網羅的発現をRNA-Seq法によってそれぞれ解析し、これまで申請者らが蓄積してきたマウスの網羅的発現データベースとの比較検討を行った。破骨細胞分化に重要な役割を担う遺伝子に関する解析の結果、マウスには存在せずヒト特異的に存在する遺伝子Xを発見した。この遺伝子Xは液性因子であり、興味深いことに、この遺伝子Xはマウスだけでなく霊長類でもヒトを含む狭鼻下目以外では開始コドンが保存されておらず、ヒトに非常に近い霊長類(チンパンジーやオランウータンなど)にのみ保存されているということがわかった。ヒト破骨細胞分化培養系において、遺伝子Xがコードする液性因子はin vitroでの効果が確認された。
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