研究課題
癌細胞代謝において特徴的にみられる現象であるワールブルグ効果においてCCN2分子が果たす役割を、CCN2を強く発現する2つのヒト細胞株を用いて解析した。ひとつは軟骨肉腫由来のHCS-2/8、いま1つは乳癌由来MDA-MB231細胞である。その結果HCS-2/8についてはCCN2遺伝子サイレンシングで細胞内ATP量に有意な低下がみられたが、MDA-MB-231では顕著な影響は確認されなかった。続いて解糖系阻害薬であるモノヨード酢酸を両細胞に作用させたところ、こちらは両細胞で共通してCCN2遺伝子発現の低下をきたした。興味深いことに、オリゴマイシンを用いてミトコンドリアにおける好気的ATP産生を阻害した場合でも、HCS-2/8細胞ではCCN2遺伝子発現の有意な低下が見られた。以上の結果は、CCN2はワールブルグ効果を含むエネルギー代謝に深く関連する分子であることをさらに強調するものである。さらにこれに関連して、解糖系阻害がCCN2以外のCCNファミリー遺伝子発現に与える影響を解析したところ、新たに非常に興味深い現象を発見するに至った。すなわち解糖系を阻害することによって、CCNファミリーの別メンバーであるCCN3の遺伝子発現がCCN2とは逆に強く誘導されるのである。さらにこのCCN3遺伝子発現誘導は、グルコース飢餓状態でも誘導されることが確認され、またミトコンドリアでの好気的ATP産生を阻害しても起こらないことが明らかになった。つまりCCN3は解糖系の活性と密接に関連して、その遺伝子発現が制御されていることになる。特筆すべきは、CCN2を欠損させた軟骨細胞においては、ATP産生量の低下とともにCCN3の強い発現誘導が起こっていることである。以上より、CCN2とCCN3は解糖活性を核として緊密な制御下にあることが本研究において解明され、早くも国際専門雑誌上にその成果の発表をみた。
2: おおむね順調に進展している
本研究の出発点はCCNファミリーを構成する6つのタンパク質のうちの1つ、CCN2が癌細胞におけるワールブルグ効果において重要な役割を演じているのではないか?という問いにあった。初年度はそれに基づき計画通りに、細胞株を用いた解析を進めてきたが、その過程で予測していなかった重要な新事実を早くも発見するに至った。その事実とは、CCN2ばかりでなくCCN3も癌細胞のエネルギー代謝に深く関わっていることを示すデータである。こうして得られた所見は、業績リストにあるように初年度中にすでに学会で発表され、論文にまとめられて刊行されるに至っている。したがって、予想を上回るスピードで成果が得られていると言ってよいだろう。また過去の研究では、CCN3はCCN2と直接結合するとともに、逆の生物学的機能を発揮することが多いと分っている。したがってここで見出されたCCN3とエネルギー代謝との密接な関連は、本研究に新たな広がりを与える事実として非常に重要である。しかしその一方、研究対象をCCN2のみに絞ることが必然的に困難となり、得られている実験事実に即して研究計画を再考する必要にも迫られている。つまるところ現時点で予想を超える成果が得られつつも、CCN3研究も並行して進めざるを得ない状況となったため、必ずしも計画通りに進んでいるわけではない。以上を総合すると、上記のような自己評価が適切と考えている。
本年度MDA-MB-231細胞に対する遺伝子サイレンシングで確固たる結論が得られなかった実験については、CRISPR/Cas9 システムを用いたゲノム編集を当初の計画通り同細胞に施し、CCN2存在/欠損下における解糖系活性の比較評価を試みる。解析手法としては乳酸産生量、グルコ ース取込み量、細胞内 ATP 量の正常・低酸素分圧下での比較解析 が中心となる。これに続いてゲノム編集を施しCCN2 を破壊した細胞の、免疫不全(NOG)マウスへの皮下接種、血管内播種を行い、浸潤、転移能を比較評価する。また逆にワールブルグ効果が認められず CCN2 の発現も低い乳癌細胞株 MCF-7に対しCCN2 の過剰発現を行い、同様の解析でゲノム編集実験と逆の現象が観察されるかを検証する。これに加えて、初年度で得られた新知見、つまりCCN3遺伝子発現が解糖活性、換言すればワールブルグ効果の制御下にあるという事実に基づいた探究も並行させる。具体的には解糖活性によるCCN3遺伝子発現制御機構の解析、CCN3遺伝子サイレンシングや過剰発現がエネルギー代謝に対して与える影響の解析などがこれに含まれる。そして本年度はモデル動物を用いたin vivo研究に着手する。第一にCCN2のワールブルグ・エフェクターとしてのin vivoにおける検証のため、タモキシフェン持続投与によってCreリ コンビナーゼを誘導し、CCN2遺伝子を成長後に削除できるコンディショナル・ノックアウトマウスを準備する。これに対して発癌実験を行い、正常マウスと腫瘍の形質をCCN3発現状況を含め評価する。さらに、当初の計画に加えてCCN3過剰発現マウスを準備し、CCN3のエネルギー代謝とCCN2発現に対する影響力を生体レベルで評価する研究も並行させる。この2つの動物モデルからは、新たな段階に研究を発展させる契機が得られるものと期待している。
申請当初4月からの使用予定であったところ9月からの使用となったため、研究実施と執行を急いだが残額が生じた。研究実施期間が短かった分、本年度は研究のペースを早めるため、年度内に計画通り全額執行の見込みである。
すべて 2018 2017 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (27件) (うち国際学会 4件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
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