本研究目的は,剖検によってもその死因判断に苦慮する,いわゆる興奮性せん妄の診断基準となるようなバイオマーカーの探索である.RNAやタンパク質等の物質は死後変性のためマーカーとしての意味をなさない.そのためラット生体試料から高速液クロータンデム型高分解能質量分析装置による網羅的メタボロミクス解析を試みた.これは,生体内の代謝物質を網羅的に解析することでその挙動を把握し,その背景にある生化学的機序を理解しようとする解析方法である. 最終年度である本年は運動ストレスに加え,エタノール服用の体動抑制というストレスを加えた.これは,よく報告される興奮性せん妄が疑われる事例において,飲酒後,暴れているところを制圧中に発生することが多いことから,それを模した動物実験モデルとしたためである(東北大学医学系研究科動物実験倫理委員会の承認済). その結果2000種以上の成分が検出され,最終的に119成分(ポジティブ),および149成分(ネガティブ)が残った.それをHuman Metabolome Database等を用いて化合物同定し多変量解析を行った.この中では,キサントシンがマーカーの候補として最も適していると思われた.これは,プリンヌクレオチドの一種であり,プリン塩基が代謝されることで生成されるものである.また,tRNAの構成成分であるウリジンが還元されたジビドウリジンの変化も非常に興味深いものであった.前年度までの,アルコール非摂取試料と比較して,代謝物の増減変化にも大きな違いが観察されており,メタボロミクスにおいては生体の少しの変化が代謝物の種類および量に大きな影響を及ぼしていることが再確認された.今回の外的ストレスは実例に近いものであることから,さらにデータを重ねることでバイオマーカーとしての精度を高めた後,ヒトへの応用が十分可能であることが示唆された.
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