近年、NSAIDsによる大腸がん予防の可能性が多くの研究により示唆され、その主な機序はCOX-2阻害によって説明されてきた。一方で、NSAIDsの一種スリンダクの代謝体であるスリンダクスルフォンは、COX-2阻害能を有していないにもかかわらず、前がん病変である大腸ポリープの形成を抑制することが複数の臨床試験から報告されている。本研究課題では、スリンダクスルフォンの大腸がん細胞に対する直接的な分子機序を解明することによって、COX-2以外の標的分子の同定を目標としている。 以前に申請者らは、複数のスリンダクスルフォン結合タンパク質を同定している。本課題では、これら候補分子の中から、VDAC1およびVDAC2に着目した。VDACは、神経変性疾患やがんを含む細胞死制御破綻に起因することが知られている。VDACの発現抑制によって、ヒト大腸がん細胞に及ぼす影響を検証した結果、スリンダクスルフォンの大腸がん細胞への効果と同様に、有意な細胞周期停止作用が認められ、さらに細胞周期関連シグナルの変化についても同様であった。 平成30年度は、さらにスリンダクスルフォンとVDACとの結合が直接的なものであるか否かの検証を行うため、VDAC1およびVDAC2の組み換えタンパク質とスリンダクスルフォン固定化ビーズを用いた結合反応実験を行った。その結果、スリンダクスルフォンがいずれの組み換えタンパク質に対しても直接的に結合していることが明らかとなった。すなわち、スリンダクスルフォンがVDACに対し、発現抑制ではなく、直接結合を介した機能阻害を誘導している可能性が考えられた。さらに、ATP/ADP ratio assayとWestern blottingの結果より、スリンダクスルフォンが細胞内ATPの減少、およびmTORC経路の抑制を誘導しており、この事象にはVDACの機能阻害が関与していると考えられる。
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